まんがイラスト ぼうごなつこのページ

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なすこ

Author:なすこ
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横浜市在住
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20120109 Mon
【ツイキャス】占星術でホロスコープを見てもらってきました。グダグダ占い談議 

【ツイキャス】占星術でホロスコープを見てもらってきました。グダグダ占い談議 



先日の土曜日に行って来ました。
私自身もホロスコープを読めるのですが、やっぱり自分自身についてというのは見落としている点が多々あるものですね。



20111215 Thu
【ツイキャス】さよなら伊勢佐木書林と古本屋談義 

【ツイキャス】さよなら伊勢佐木書林と古本屋談義 

伊勢佐木町の古書店・伊勢佐木書林が12月18日に閉店すると聞いて探訪してきました。

伊勢佐木書林探訪


古本屋談義


20111028 Fri
悟りと煩悩の両立。自意識過剰もまた良し 

悟りと煩悩の両立。自意識過剰もまた良し 

「いまに在ること」
「行為に没頭する忘我の境地」
「自分のアイデンティティをちっぽけな自己像ではなく、大いなる存在に置くこと」
という状態が常態になることを目指してきました。一時期、ある程度うまく行ったこともあります。こういうのを悟りと言えばそうなるのでしょうか。

逆に、そうでない状態。
自意識があって、その自意識をベースに色々なことをアレコレと考えている状態。さきほど記したのが悟りだったら、こちらは煩悩でいっぱいな状態と言えます。

これがあらゆる苦しみを生み出す原因だという。
自分の自己イメージを必死で守ろうとする苦しさや、自己イメージが危機に陥ったときの激しい自己嫌悪などを思い起こすと、確かにそうです。

数年前、精神的に調子が悪かったとき、セルフヘルプ系の本を漁ったりフラワーエッセンスを試したり色々なことをやってみました(精神科には一回だけ行きました。ウツ症状という診断を受けメイラックスをもらいました)。その中で、一番効果を実感して、症状が落ち着いた以降も続いているのは、上に書いたエックハルト・トールの考え方です。もともとはブッダが提唱していたことらしいです。

私がそれをどんなふうに試していたかというと、例えば
・今自分がしている一つ一つの動作をちゃんと意識して、行為に没頭するよう心がける。
・いつも自分の身体に意識を置くようにする(地に足がつくという感覚とリンクしている気がする)。
・自意識を手放す。そうすると、余裕ができてくるというか、否定されて激しく落ち込むとか、褒められて舞い上がるみたいなことがなくなる。いわば、自分を評価されることに鈍感になる。

こんな感じで、それはある程度成功しました。
ただ、そうなると、そのままでわりと幸せなので、あまり何かを表現しようという意欲が湧いてこなくなるんですよね(私は何かを表現するときに不満や違和感を原動力にしていたということがわかったわけですが…)。そして、あれこれ考え事をしなくなるから、あまり言葉が出て来なくなる。

エックハルト・トール曰く、そういう状態であるほうがむしろ天啓のように適切な言葉が出てくるということなので、私が「いま」への留まり方が足りないということも考えられますが。

それから、やっぱり自意識を手放すのは淋しいのだということに気がつきました。自分という存在、自分が思い描く「ぼうごなつこ(含:なすこ、@nasukoB、防後奈津子)」という自己像が肯定されることの喜びは、やっぱり人生に必要だと改めて思います。これがなかったらつまらない。

というわけで、最近、煩悩の再評価をしています。ただ、ここで大事なのは、「どちらか」ではなく「どちらも」ということ。悟りの状態が人生に不可欠であることには変わりありません。私は生活の中で、意識して両方を交互に取り入れていきたいです。

今まで、エックハルト・トールの考えを実行しようとして成功したり違和感を感じたり、ツイートして心に染み込ませてきたりと、散々取り組んできましたが、ようやく自分の中で消化できたような気がします。全部消化したわけではないけど、少なくとも、鵜呑み段階から、一段進むことができました。

20111023 Sun
「武器としての決断思考」世間の状況が変わっても逞しく生き抜く術 

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(2011/09/22)
瀧本 哲史

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主にIT技術の発達という要因により、状況がめまぐるしく変わっていく現代社会では、専門的な知識や技能を身につけても、その業界、その仕事自体がなくなってしまうリスクがありますが、「考え方」自体をなんとかすればオールマイティに生きていかれます。

20111019 Wed
オタキングexとクラウドシティから考える、ネット時代の出会い 

オタキングexとクラウドシティから考える、ネット時代の出会い 

岡田斗司夫さんの去年の3月に講演していた動画をみました。
評価主義経済の話の後、「これは理屈に裏付けられたものではなく、空想の話です」と前置きした後で、評価主義経済の次は「家」の時代になるのではないか、ということを言っていました。

評価経済主義、要するに人気があって目立つ人の下に富が集まる、という社会の在り方はしんどくもある。みな、自分の居場所や心の拠り所を求める、そうなったときに新しい形態の家族が存在感を増すのではないかと(私はなんとなくギークハウスプロジェクトなんかを思い浮かべながら聞いていました)。

そして話はオタキングexの話に。オタキングexとは、岡田さんの「会社」で、「社員」は社長に年間12万円の給料を支払って一緒に仕事をします。既存の言葉でいうと、岡田さんの後援会に入ってパトロン兼ボランティア的活動をするといったところでしょうか。OJTのように仕事を通して学び合うという面もあるそうです。まあ、大まかに同じ目的を共有した上で、どう生かすかはその人次第です。

このように、オタキングexは岡田さんの考え方を普及させる仕事を一緒にやる仲間ですが、そういった目的を共有する仕事仲間というだけでなく、「家族」でもあるそうです。岡田さんが話していた、評価経済主義の次にやってくる「家」時代の新しい家族形態ということなのでしょう。家族だから、仕事をしない人がいてもいい。家族だから名前で呼び合い、互いを否定せず無条件に肯定しあう。従来の理屈っぽいオタク的な集まりに、ヤンキー的な「情」の価値観を取り入れたそう。岡田さん曰く、オタキングexは、日本の二大文化であるオタクとヤンキーの融合だそうです。なかなか面白い試みですね。

・・・と、こうなると岡田斗司夫ファンとしては入りたくなりそうだけど、実のところ、オタキングexもクラウドシティもいまいち入ろうという気が起きないんだよなあ。ちなみに、クラウドシティとは、岡田さんの考えに共鳴した人が集まる有料のmixiみたいなところです。

なぜ入る気が起こらないかというと、とりあえず有料なのは問題ではないです。メリットがあると思ったら有料でも入ります。では何が理由なのか。だって岡田さんの考えに共鳴した人たちが集まるグループなんだから、さぞ素晴らしい出会いがあるに違いない ― そう、そこなんです。私の少ない経験を思い返すと、はちきれんばかりに期待感を抱いて入るコミュニティでは、なぜかあまり出会いを得たことがないんですよね。おそらくこの「はちきれんばかりの期待感」が何かしらエラーをおこしているんだと思います。

それから、カリスマ的な中心人物の下に皆で集まるというのがおもしろくない気持ちもあるのかもしれません。

岡田さんがどうこうというわけじゃなく、こういう強力な中心人物の下に人が集まるというと、だいたい似たような人間関係のパターンが展開されます。今の私にとって、それはあまり魅力的に見えないんですね。

ネットでの出会いというと、むしろツイッターやブログを通してやりとりしているうちになんとなく接点が出来て、という方が、継続性があり実りある関係に繋がっている実感を持っています。

というわけで、私は岡田さんの考え方のOSは学んでいきますが、オタキングexやクラウドシティへ入ることについては保留し、わたし独自でやっていこうと思います。けれども、オタキングexやクラウドシティには敬意を持っています。皆さんのおかげで岡田さんの著作や動画が楽しめるのですから。そして、岡田さんにはこれからもずっと元気で楽しいお話を聞かせて欲しいので、捻出できる状況になったら私も12万円を提供してみたいです。

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