まんがイラスト ぼうごなつこのページ

まんがイラスト ぼうごなつこのページ

カレンダー(月別)

09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

なすこ

Author:なすこ
まんが・イラスト描いてます
横浜市在住
http://www.bougo.com/
MAIL bogo@trialmall.com
http://twitter.com/nasukoB

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
ブログ内検索

RSSフィード
ブロとも申請フォーム
20110708 Fri
非リア充への鎮魂歌 「ニコ生岡田斗司夫ゼミ02ニコ生のひみつ」の一部文字起こし 

非リア充への鎮魂歌 「ニコ生岡田斗司夫ゼミ02ニコ生のひみつ」の一部文字起こし 

先日ニコ生で放送していた岡田斗司夫さんの番組が素晴らしく面白かったんですが、特に最後のこのお話は書き留めておかねばと文字化しました。

いつも文字起こしを載せるときは、最初に私の感想や内容の紹介を書くんだけど、今回は文字起こしの後に私の感想という順番にしようかな。

というわけで、まずは岡田さんの言葉を読んでみてください。

------------------------------------------------

質問「上から目線の話」

岡田
上から目線の話か~上から目線の話な~、うーん。
今まで日本には、階級文化というのがなくて、階層文化しかなかったと、オレ思ってるんだよな。・・・ちょっと待てよ、なげえぞこれ、延長でする話じゃないや(笑)

あのね、プライドが高い人間は、人を見下すことをやめれないので、正しく見下そうよって話をしたかったんだよな。でもそれはちょっと説明に時間かかるので・・・時間かかるといいながらオレ地獄の門をあけようとしてるよな(笑)

あのね、僕らみたいな人間って正直プライド高いじゃん。人より頭がいいと思ってなくちゃニコ動見てねえよ。で、そういう人間の生き方として、よくあるのが「プライドなんか捨てろ」とか、「余計にプライド高いんだ」ってのがあるんだよ。

で、オレね、それ嘘だと思う。幻想だと思うんだよな。そうじゃなくて、プライドが高い人間は、プライドが高いという呪いと祝福を背負っているわけなんだからさ。それと一緒に生きるしかないよ。それを無しにして「オレはプライド低くした」って言っても人に自慢できねえじゃん。「オレ昔プライド高かったんだけどプライド下げたよ」って言ったらただ単にバカなだけだからさ。

プライドが高い人間っていうのは、プライドが高いまま生きていく方がさ、人のためになると思うんだよな。で、それは何かっていうと、プライドが高いだけの自分を保とうと言ったほうが楽だと思う。

つまり、プライドが高いんだったら、プライドを下げてというよりは、そのプライドに見合う自分っていうのを持ち上げて作っちゃったほうがいいと思うんだよな。それがオレ言おうとしている階級文化ってやつで。

ニコ生見てる人たちってのは民放とかでさ、こんなに政治的な話とかさ、ノーカットでいろんな記者会見長すとかってないじゃん。実はここには知的階級という中の、恵まれない知的階級っていうのが(笑)言い方悪いけども(笑)集まってると思ってるんだ。

で、それは何かっていうと、恵まれないってのは経済的なもの含めて実社会ってのも含めてあるんだけども、でも、経済的なとか、実社会にしてはっていうのの意味性がどんどんどんどん薄れてる。じゃあ金持ちが幸せなのかっていうとそうじゃなくなっている。リア充が幸せなのかっていうと実はそうでもないっていうのは、さっき言った、彼女いるからどうだ彼氏いるからどうだって、じゃあけっこう手間が増えちゃったじゃんっていう。

だって、考えてみて。彼氏いても彼女いても、夫がいても嫁がいても、いまニコ生見てるんだよ。ニコ生見てるってことは全く同じなんだよ。つまり、全く同じような、やるせなさとか、淋しさとか、そういうのは無くならないんだよ。

確かに恋愛してるときは一瞬気分が高揚して、自分には全て与えられているとかラッキーだって思う瞬間があるかもしれない。でもそれは僕らだって、ガンプラ作ってるときとか、すごい好きなアニメあるときとか、いよいよ続編が発表されたときって、うわって盛り上がるじゃない。それと似たようなもんだと思うんだ。

だからね、無いものに夢見てもしょうがないと思う。それよりは、無駄なプライドがあるんだったら、そのプライドを利用して、それに見合うだけの自分っていうのを、さっき言った、リア充とか経済的なというとこ以外で作っちゃったほうがいいと思う。

それが思うから・・・なんかね、クラウドシティっていう有料サイトやってるって言ったじゃん。そこでは、有料サイトなんだけども、参加者をお客さん扱いしてないんだよ。オレけっこう説教してんだよな(笑)オマエそれでも・・・クラウドシティだから市なんだよ、立派な市民と思ってんのかとか、あと、ちゃんとした市民にならないと恥ずかしいだろとか矯正してるんだよな。

で、そういう、自分自身は、ちゃんと周りに自慢できる、オレのプライドに見合っているオレだろうかというふうに、矯正して無理して、上げることで、オレたちみたいなプライドがもってる人間は生きていく場があるんじゃないのか。

それは新しい階級文化かもしれない。それは、所得による階層とか、あとは、その人間の生まれ素性による階層とか、古典的な階層階級じゃなくて、なんだろな、その人間の持ってる理屈力とか、知的レベルとか、いろんな言い方できるんだけども、それによる階級というのが、あるんじゃないかなっていうふうに思ってる。

でないとね、ニコ生っていう存在が説明できないもん。もっと低俗な番組でしょうもない番組ばっかりだって、テレビ業界の人みんな思ってたんだよ。ニコ生っていうのが誕生したときに、そんなの・・・なんだろな「そんな素人が集まって好きなことばっかり喋ってる番組なんかだったら、どうせ、暴露したり、つまんない有象無象のことを言ったり、いわゆる2ちゃんねる化する」って思ってたんだよな。

でもニコ生って、変な意味で2ちゃんねる化してないんだよ。2ちゃんねるのすごい良いところってのはあって、それが、さらに健全なところっていうのも持ってる。ものすごい、稀有なところだと思ってる。それは、出てる人間が顔出ししてるっていうのもあるんだけど、参加してる人間がニコ生ってところを面白くしようとしている意識が、現にここでコメントという形で(といって岡田さんの脇にあるニコ生画面に流れるコメントを指す)、他の人間に対して何か表現しようとか、何かちゃんと言おうとか、オレが変なこと言ったら、ちゃんとここで修正してくれたりするじゃん。それがオレ、ニコ生の新しいところ良いところだと思うし、これが現代の、知的階級というものの新存在として、新知的階級として、あるんだとしたらこの辺じゃねえかなあと思って。じゃあ「正しく人を見下そう」というのはそこらへんで。

現にプライドが高いっていうのは、人を見下しちゃってるってことなんだ。ということは、良い見下し方と、悪い見下し方があるって、考えようよ。

悪い見下し方は「だからあいつらには何もわかんないんだ、だからあいつらダメなんだ」ってことであって、良い見下し方は何かっていうと、母親はさ、赤ちゃん泣いてたら見下さないじゃん。そうじゃなくて「あ、泣いてたの、おしめ湿ってたの?わかんなかった私が悪いね、ママを許して」って変えるじゃん。で、子どもが喧嘩してたら、先生の立場だったら「なにやってんだ!」って思うんじゃなくて、「しまった!オレが目を放した隙に」って思うじゃん。これが、正しい見下し方なんだよ。

そういうふうに、なにか世の中で、僕らが考えている「なんかコイツらバカだよ、なんで世間はこんなにバカなんだよ」って思ったら、それは「バカだよと思った僕らの責任なんだ」って考えたほうが、はっきり、僕たちの頭の使い道があると思う。

僕らの頭の使い道っていうのは、人を見下すために動いてしまっているんだけども、見下してしまっている以上、そんな権利を行使してしまっている以上、義務というのを引き受けて、じゃあ、そういうバカどもがこの世の中にいるんだったら、それなんとかするって方向に使ったほうがいいと思うんだよな。

それがオレが考えている「正しい人の見下し方」です。上から目線ですいません!53歳になってしまったので、こんなことを言わせて、しまいました(笑)

(中略:時間延長や反省会の話など)

(コメントを見て)ノーブレスオブリージュなんて書いてくれている人も入るけど、そうだな、そういう考え方をフラットに説明すると、そういうことになるんだ。

で、いま僕が言ったのはね、かなり突っ込みどころもある粗い話だと思うんだけど、そこを認めないと、進まないと思う。正直な話。

「世の中には収入による格差があって、それは肯定できるんだ」っていうのが、「ウォール街」って映画の中で、ゲッコーっていう主人公、まあ悪役なんだな、そいつが言うんだ、「この世の中には欲望があって、欲望っていうのは肯定できる、それによって資本社会は動いている」って言ってるんだけども。

なんかね、欲望の肯定っていうのが貨幣経済社会の特徴だとすれば、こっからの社会というのは、プライドの肯定だと思うんだよな。プライドの肯定で、それでそん中で、自分は人より優れているとか、なんかいいところあるとか、人を現に見下してると思うんだったら、それなりの自分を作んなきゃって思ったほうが、なんか、欲望の貨幣経済社会よりはちょっとマシな社会が作れると、思います。

以上!53歳の大演説を(笑)最後まで聞いてくれてほんっとにありがとう。オレこんな話がね、できるとは思わなかった。

------------------------------------------------

以下は私の感想など


これはもうね、政治・教養系のニコ生に集うユーザーや、ツイッターの政治・教養系クラスタへの魂の救済。そんな宗教的な表現をしてしまうぐらい(笑)、私は感銘を受けました。

まずは、政治に興味のあるネットユーザーへの救済っていうと、私含めてそういう人たちの共通する苦悩というのは、「みんなバカだからわかってくれない」じゃないですか。いつまでたってもみんなマスメディアの報道を鵜呑みにしちゃうし、大手広告代理店の煽りの乗っかっちゃうし、いくら言ったって石原慎太郎は当選しちゃうしみたいな。これツイッターなんかでも定番の話題でしょ?

それから、非リア充にむけての救済でもありますよね。非リア充のどうしようもなさを先達の知恵、大人の知恵で導いてくれる。非リア充とは、リアルな人間関係では満足できない人たち。それは、一応、自分のコミュニケーション力がないからってことになってるんだけど、明らかにこれはプライドの高さからくるものですよね。
一方、リア充っていうのは世間のマジョリティで、非リア充の人生の苦悩を理解しない楽しげなバカ(ひどい言い方ですが、しばし許してくださいね)。あるいは、マスメディアや広告代理店の押し付けてくる流行に疑問を持たずに乗れる鈍感なセンスの持ち主です。

とりあえず、この「思い上り」には突っ込まないで下さい。こういうことを考える本人の思い込みだってあるでしょう。リア充という存在も、非リア充を自認する人の頭の中にしか存在しない幻かもしれません。でもこの思い上がったどうしようもなさから目をそらしたって仕方ない。まずは認めなければ何も始まらないということですから。

これからは、周囲の無理解に苛立つことに頭を使うのではなく、自分の伝え方が悪かったと思うべし。まあ、周囲をを啓蒙するというほどに私は自分の考えに自信を持てないので(ある意味、それはいつも自分を客観的に検証する知性があるよという私のプライドなんだろうな)、表現に磨きをかけていこうということになるかな。

岡田さんの「プライドの高さを持ってしまったことの祝福と呪い」という表現が素晴らしかったですよね。
プライドが高いということは周りを低く見ることとイコールなんだけども、これはもう「業」みたいなものなんだから治らない。ならば正しいプライドの持ち方を、というのが目からウロコでした。私は周りを低く見る=悪だと思い込んできたから。

岡田さんの人間観は「人間ってのはどうしようもないものなんだから、そのどうしようもなさと上手く折り合いつけて生かしていけばいい。他人のどうしようもなさにも寛容に」というものなんですね。岡田さんの話ぶりからか、それは希望のある明るい性悪説のように感じました。

スポンサーサイト

TrackBack

http://bogonatsuko.blog45.fc2.com/tb.php/995-d6a33d05

広告: