まんがイラスト ぼうごなつこのページ

まんがイラスト ぼうごなつこのページ

カレンダー(月別)

07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

なすこ

Author:なすこ
まんが・イラスト描いてます
横浜市在住
http://www.bougo.com/
MAIL bogo@trialmall.com
http://twitter.com/nasukoB

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
ブログ内検索

RSSフィード
ブロとも申請フォーム
20110612 Sun
ニュースの深層6/7上杉隆×茂木健一郎 

ニュースの深層6/7上杉隆×茂木健一郎 

ニュースの深層6/7(火)放送のツダり記録。キャスターは上杉隆さんと西谷祐紀子さんです。

一番の重要な情報は、「福島原発非常時冷却システムを撤去したのは小泉内閣時の平沼赳夫経産大臣」について。上杉さんは週刊文春に詳しい記事を寄稿しているとのことですが、こちらでも内容の大まかな把握が出来ます。

上杉さんと茂木さんのダベりは茂木さんがフリーダムすぎて、たまに会話が噛みあってなかったような気がしました(笑)茂木さんは前半はわりと大人しめなのですが、番組後半になるに連れてどんどんはっちゃけてきます。

お二人が震災をテーマに話していますが、おそらく「都会のある程度恵まれたところ」からの感想に過ぎないという批判は受けてしまうかもしれないと思いました(3月11日以降、こういった批判をよく目にするので)。例えば、震災でツイッターが活躍したという話も、被害が酷かった被災中心地では、そもそも電気が使えないのでPCが使えない、携帯電話にしてもバッテリーがそんなに持たないために、使えなかったと聞いています。ただ、私自身がまさに「都会のある程度恵まれたところ」で3月11日を過ごしたので、ツイッターで救われたという話にはとても共感しました。ツイッターで、マスメディアがカバーしていない身近でローカルな情報、例えば電車やバスの運行具合や近所のスーパーの営業情報など、を得ることが出来たんです。それから計画停電についても、ツイッターをしている人とそうでない人の情報格差は明らかにあったと思います。

それから、茂木さんが震災前に原発の広告に出ていたという情報をツイッターで見かけましたが、それについての言及は特になく、こちらも批判を受けるかもしれないなと思いました。茂木さんが自身の発言で批判や問いかけを受けているのなら、回答べきかと思いますが、私自身はそれについてあまり関心がありません。脱原発の過程で、表層的悪者を見つけて叩くことに大きな意味があるとは思えないからです。


■「私の3.11 あの日から始まる今日」

上杉:あの震災からまもなく3ヶ月になろうとしてるんですが、実は今日茂木さんに来ていただいたのは、脳のことを伺うわけではないんですね。実は今日はこのために来ていただいたんです「私の3.11 あの日から始まる今日」これ、茂木さんがまとめられたと?

茂木:そうですね、私が編者になって、上杉隆さんにも書いて頂いてますし、

上杉:末席から二番目三番目・・・

茂木:堀江貴文さんとかサンドイッチマンさんだとか高橋源一郎さんだとか、ほんとに色々な方に書いて頂いているんですよね。

上杉:私も自分で書いたあとに初めて全体を見たんですが、これ面白いなと思うのは、いろんな視点と多様な価値観で書かれて編まれてる本って、非常に読みごたえがあるんですよね。それぞれの経験とか体験とか思いとかが入っていて。

茂木:現地に入ったジャーナリストの方の立場、或いは東京にいらした方とか、或いは阪神大震災を経験されている方の立場、やっぱり色々違うんですけど、そういう多声性というんですが、マルチプル・ヴォイスなのがこの本の特徴かなと思うんですけどね。

上杉:それは敢えてやられたのか・・・

茂木:そうです。敢えてです。やっぱり3.11で未曾有の大震災をどう経験したかということを多くの人の目から記録しておくことがやはり大事かなと思ったんで。

上杉:そのあたりのことは後ほどじっくり伺いたいと思います。

■福島原発非常時冷却システムを撤去したのは小泉内閣時の平沼赳夫経産大臣

上杉:今日のニュースはもちろん原発、そして3.11以降に起こったことなんですが、実はいま発売中の週刊文春に寄稿しました、4週連続になるんですが、こういう文章です。
※画面には文春の記事「福島原発、内部文書入手!非常時冷却システムを撤去した勝俣会長」

簡単に言いますと、福島原発の内部文書を入手して、実は非常時、再非常時の冷却システムがもう既に7、8年前に除去されていたと。撤去されていたと。こういうことを突き止め、さらには色々な証言をへて、そして東京電力の会見でこれをぶつけてきました。それを記事にしたのがこの文章なんですが。

簡単にいうとですね、福島の第1、第2、第3、第4、第5、第6号機まで、特に2から6号の原子炉に関してですね、蒸気系の蒸留水を止める、最後の冷やす装置というのがあったんですが、それが、その年に起こった浜岡原発の配管脱落事故がありました当時。それに基づいて、これはあっても意味がない逆に邪魔だということで、当時の経産省、経産大臣である平沼赳夫さんなんですが、小泉政権時代に平沼赳夫さんが最終的に決断をして、東京電力からの申し入れを受けて、1基外すのに1億円ぐらいかかるんですが、それを全て外したということになる文章がわかったわけです。

で、これがなんで問題かというと、実はこの番組でも何度かご紹介している佐賀大学の元学長の上原春男さんが3月の時点で、私とも会ったんですが、そのときに「なんであの装置が働かなかったのかなあ」と、ずーっと言ってたんですね。それが何かというと、実は働かなかったんではなくて、既に無かったと。無かったことが設計者に知らされていなかったということがまず驚きなのと、そして、これを取ってしまった後の対応なんですが、いわゆるですね、非常に問題が起こらないと。

つまり、これは盲腸のようなものなので関係がないんだということで外してるんですね。ただ、盲腸のようなもので関係がないんだったら外さなくてもいいんじゃないかと思うんですが、結果としてですね、3月12日にメルトダウンが起こってこの機械が無かったために、ということは断定はできませんが、無かったために、最終的な形での今回のメルトダウン、そして暴走に至ったのではないかという疑義を呈する記事なわけです。

これに関しての深層は今後、これ東京電力も含めて関係者、関係各社に当たったんですが、どうも曖昧なままというところで、今後も追求していくんですが、この記事はですね、意外と永田町で反応があって、これ発売してすぐ、先週ですが、不信任案の最中に国会歩いて、少なくとも3人の国会議員が「この記事を読んだ」と、「どういうことだ」と言われました。そして、その紙をくれと言われた方もいらっしゃいました。ただ、今日になってある国会議員の方は、今週来週にですね、これをもとに質問をするということなんで、一応それを報告するという形で電話をくれた方もいらっしゃいます。

いずれにしろ、これは、今回の事故が福島原発も含めて天災ではなくて、人災、しかも完全に防げた人災であるということの証拠にもなる可能性があるので、今後も引き続きこの取材に関しては続けていきたいと思っております。
以上、本日のニュースでした。

■放送当日の茂木さんのツイッター「上杉さんが来ない」

上杉:今夜のゲストはご存じ、脳科学者の茂木健一郎さんです。改めてよろしくお願いします。

茂木:大変なことですね、色々ね。んー

上杉:大変ですね。茂木さんといえばツイッター。ツイッターの本当に使い手。非常にうまーいツイッターの使い方をするお一人なんですが、フォロワーも圧倒的に多くてですね、その茂木さん、先程つぶやいていました。

茂木:「上杉さんが来ない」と(笑)

上杉:来ないと。

茂木:ギリギリでしたね(笑)これ(上杉さんを指して)ホログラフィーじゃないですからね

上杉:今日面白かったのは「本屋で自分の本買っちゃったよ」というつぶやきが(笑)これですか?(番組冒頭で紹介した「私の3.11 あの日から始まる今日」をもって)

茂木:そう、これ今日紹介しなくちゃと思ってせっかく買ったのにスタジオもってくるの忘れちゃった。あるかなって心配になったんですよ、上杉さんのことだからさ、スタジオに1冊もないってことあるんじゃないかと思って。

上杉:ちゃんと朝日ニュースターがしっかり・・・そして、毎日新聞の担当者の方もいらしたそうです。
で、自分で買って自分で忘れちゃった茂木さんのツイッター、いまフォロワーが29万9032・・・まもなく30万人ですね。恐らくこの放送中に30万人突破すると思います。

茂木:いやいやいや。

■ほんの少しのことが生死を分けた

上杉:その、ツイッターもそうですけど、この3.11という形で、記録に残すとやられたわけなんですが、まず最初にですね「わたしの3.11」この本、これを編まれた理由を改めてお伺いしたいんですが、これそもそもきっかけというか思いついたのはいつ頃だったんですか。

茂木:あの、僕、週刊誌で連載してまして、サンデー毎日で連載してまして、それで震災の後、2週か3週にわたって書いたんですけど、記事を。その中でこれは自分の指針ですよね、でもいろんな人が同じようなこと感じているはずだから聞きたいなと思ったんですよ。で、この人の声を聞きたいっていうような人の原稿をお願いしてね、皆さん書いてくださって。だからサンドイッチマンさんなんかね、被災地にいらしたんで。

上杉:これはいま発売中のサンデー毎日で(画面には「茂木健一郎VSサンドイッチマン 地震・津波ネタお笑い解禁の日」というページ)これは連載ではなくインタビュー記事ですよね。

茂木:そうです。お二人、被災地にいらして

上杉:本人も書かれてますけど、壮絶な・・・

茂木:壮絶ですよ。だから本当に今回の震災は、ほんの少しのことが生死を分けてるんですよね。伊達さんと富沢さんもね、もしあるディレクターの方の判断がなかったら、もう津波にのまれていたかもしれないし。僕、昨日行ってきたんですよ。石巻の北の方にある、高校に行っててね、そこに小中学生が避難してきているんですけど、そこの子どもたちもギリギリのところで津波から逃れてきたんですよ。だから、もうじいちゃんばあちゃん達と山登って、自分の足元まで来て、後から来ているおばあちゃんはもう腰まで浸かったっていうような

上杉:紙一重なんですね。

茂木:紙一重!それはもうその子の家が、津波が来るのを見えないところで、おじいちゃんがたまたまちょっと離れたところから見てたら、来る!っていうんで、それで逃げてね、ほんとにギリギリのところで生死が分かれちゃってる。

上杉:ここにもサンドイッチマンさんご自身たち、お二方別々に書かれてますけどほんとに手に汗握るというか、あ、ちょっとしたことで助かったんだなということが、ありありとわかるわけですよね。

■客観的なデータは、判断、議論、全ての大前提

茂木:僕ね、被災地に行っていつも思うのは、日本っていろいろ問題があるじゃないですか。上杉さんもね、いろいろ追求してるでしょ?これで変わらなかったら申し訳ないって気がするんですよ。変わろうよって。
で、あの、このね、原発のデータについても、僕はやっぱりね、僕が考える模範の科学者であって欲しいと思うんです。こういう・・・ええと、原発のことに関わる人。どういう意味かというと、まずデータは全部見ましょうと。科学者ってね、自分の都合のいいデータだけ見てたらダメなんですよ。

上杉:見たいものを見ちゃうっていう

茂木:ダメなんです。都合の悪いデータも含めて全部見なくちゃいけない。それからなんかあの基準があるじゃないですか、例えば。何ミリシーベルトとか。そういうときは必ず何を根拠に言ってるのか、文献、研究、この研究ですって、これを明らかにするってことが科学者としては基本なんですけど

上杉:ソースの公開っていう

茂木:そうです。このソースをもとにこういう基準値を・・・

上杉:科学者のみならず、ジャーナリズムもソースを出さなくちゃいけないという厳しいルールがあるんですけど、日本だとジャーナリズムは元々記者クラブではありませんけども、科学者の方も言わないですよね、情報源というか、あれどうしてですかね。

茂木:それでも言わないと科学者としては全然、主観を述べてるにすぎないですからね。

上杉:茂木さんなんかはツイッター見てると必ず情報源、ツイッターのつぶやきですら情報源出すじゃないですか。誰が言ったとか。
茂木:はいはいはいはい。

上杉:そういう文化が、どうも日本の科学者とか記者を見てると、そういうのが恥ずかしいんじゃないかっていう、要するに自分たちの手柄にしたいのかとか、ソースを出すのは・・・

茂木:そんなこと考えてんのかなあ

上杉:どうもその辺の報告とか、今回の311以降のですね、テレビとか新聞に出られたたくさんの科学者とかいますよね。結果としてほとんど全員外れてますけど、特に震災がきっかけとして発生した原発事故、これについての科学的な見地というのは今検証すればすぐにわかると思いますが、大きく外れたと。

茂木:僕はね、例えば、国民が知識がないから安心させるために、パニック起こさせないために正しいデータを出さないというのは、これ最悪の選択だと思うんですよ。

上杉:それって衆愚じゃないですか?

茂木:衆愚・・・国民をちゃんと考えてないってことだし、あと、たとえデータが出て危ないっていった人がいても事実は動かないわけですから。だからデータを隠すってことは絶対やっちゃいけないことなんですよ。これは、あの、科学者としては。
で、今回、要するに、例えばね、「この映画はどれくらい素晴らしかったですか」とか芸術の批評だったらいいですよ別にデータなんてなくても。この映画どれが感動したとか。そうじゃなくてこれちゃんと客観的な放射能の問題なんで、これについてデータは手に入るものは全て公開するっていうのはこれはもう原則中の原則だと思いますけどね。

上杉:なるほど。それがどうもできていなかったんじゃないかとうことがあるんですけども、私自身もここ(「わたしの3.11」)に書かせてもらったのが実はデータというかですね、情報を公開してない政府、東電に

茂木:戦ってたんだよね。

上杉:もうイライラしてそのことを(笑)このときはそれを書いたんですが。やはりそのきちんとした情報がないと、判断する前提がないわけですから、

茂木:そうですね。

上杉:正しい判断に導かれないわけですよね。その辺はほんとに言いたいことは簡単なんですが、茂木さんがですね、この本を出す中で、なんか色々書かれてますけど、いろんな方が。最も印象に残ったエピソードというのはどれでしょうかね。いくつかあると思いますが

茂木:あの、これ一つって言えないんですけど石井さんがね、現地へはいられて石井光太さん。で、その報道の在り方っていうんですかね、例えばご遺体の写真をとろうとしてしまう、で、撮ったその結果が例えばそれを雑誌に掲載するかどうか。で、掲載したらね、果たして雑誌の売れ行きは下がるのか上がるのかみたいなことを言ってるっていうんです、現地で。なんか人間として苦しいですよね、だってなんかご遺体の写真を載せるかどうかが売上にどうなるかなんてこと。でも実際にそんなこと現地で、まあ、雑誌の人が言ってると。そういうのを見ちゃうとやっぱり人間って、なんていうのかなあ、愚かなんだろうっていうか、そういうときにまでそういうこと考えちゃう存在なんだなあって。

で、僕そういうジャーナリズムの在り方ってね、今回いろいろ議論されてると思うんですけども、ただ、僕ね、どんな人も完全な人っていないと思うんですよ。自分だって雑誌に関わってる人だったらそういうこと考えちゃうかもしれない。編集長だったらね。だからやっぱり人間って完全じゃないんだってことを前提に今回の震災のことを考えなくちゃいけないなと。

だからこそしつこいようだけどデータは出せってことなんですよね。僕ね、別に、現地で対策に当たっている方が、神様じゃないんだから、全部完璧にできるだなんて思っていないですよ。ただ、やっぱりデータは客観的に出さないと議論の前提が失われちゃうんですよね。

上杉:しかも後の検証ができないですし。実際、3月11日から4日間くらいですね、例えば放射能のモニタリングポストとかもそうですし、これは事故の方の、原発事故ですけども、そのデータというのがやっと3ヶ月近くたって出てきたと。

茂木:上杉さんが色々つついてね。

上杉:つついてもあるんですけども、でもそれによって初めて今後検証が可能になったわけですよね。ですから今回茂木さんが残されたこれも、例えば何年か先、これを読みながら、あ、こんなことがあったんだと。こういうような動きをした人がいるんだって検証の一つの本になるのかなと思うんですが、そう考えると例えばこれ、パート2とかパート3とか、もっといろんな方に聞こうとかそういう考えはないんでしょうか。

茂木:原発の問題についてはいろいろ考え方があると思うし、あのやっぱりね、今回ね僕ね・・・ま、津波があって、原発があって、もう一つやっぱり傷ついたものがあって、それはやっぱり日本社会の信頼だと思うんです。信頼というものがほんとに傷ついた。政治に対して、あるいはメディアに対して。ひょっとしたら中長期的に見ると信頼が失われたということが一番重い問題かもしれないですよね。で、今度、信頼を取り返すためには、やっぱりちゃんと検証して振り返らなくちゃならないと思うんです。なんでこうなっちゃったのかということを。ま、それ上杉さんもやられてるわけなんですけど。これやっぱりちゃんと記録に残しておかなくちゃならないなと。

上杉:信頼に関しては最も痛いのはやはり4月4日にですね、海洋への1万1千5百トン、この海洋への放射性汚染水リークというのがですね、これがいまだに尾を引きずって、今後国際賠償になるっていうことをやっと朝日新聞が書きましたが、数兆円から数十兆円、場合によってはさらに1個上の桁の賠償金を今後日本は子々孫々背負っていかねばいけないと。これはほんとに茂木さん指摘されたように、非常に傷ついたものの最大のものかもしれませんね。信頼ももちろん消されてしまったわけですし。

茂木:僕ね、あの、上杉さんがずっと追求されてるね、記者クラブの問題ってあるでしょ、あれね、きっと居心地がいいと思うんですよ、中の人にとっては。クラブって居心地いいでしょ?

上杉:ええ。

茂木:これね、ある意味相互援助組織みたいなものだと思うんですよ。ある意味ではガチンコでジャーナリストとして切磋琢磨しなくてもそれなりに発表需用に基づいて記事が書けるし、人に優しい、クラブの人にとっては優しいシステムだったと思うんですけど、これ何が問題だったかというとやっぱりガチンコの競争しないからさ、ジャーナリストの能力が伸びないっていうね。これが僕日本社会の共通した問題だと思うんです。

いわゆる原子力村と言われる人たちの在り方も、それなりに居心地がよかったと思うんですよ。それなりに彼らも一生懸命やってたと思うんですけど、チェックアンドバランスというのかな、非常に厳しい、本当にこれで安全装置は大丈夫なのかといった、そういう厳しい切磋琢磨をしなかったツケが今回出てきちゃってると思うんで。だからね、やっぱり人間ってね、真実に向き合わなくちゃいけないんだと思いますよ。

■ソーシャルメディアが震災で果たした役割

上杉:今回その真実と向き合うって点では、ソーシャルメディアの役割っていうのが非常に大きかったですね。茂木さんもそうですし、茂木さんのツイートで相当助けられたって人もいると思いますが、今日はツイッターの#sinsoでかなり来てますが、その中で質問があってですね、質問っていうか感想なんでしょうか、「わたしの3.11を買って読んだんですが、それぞれの3.11があり、その後があるんだなと改めて感じました。あの日、電話もメールも駄目でツイッターだけが頼りでした」というような感想を述べてる方もいらっしゃいますが、茂木さんにとってもこの3.11においてのソーシャルメディア、インターネットメディアの役割はどういったものだったんでしょうか。

茂木:あのー、例えばね、静岡だったかな、中学生がNHKの放送をそのままustreamで流してたでしょう。

上杉:あーはいはい。

茂木:あれもツイッターで僕知って、僕あの日も、あの日みんな歩いてたでしょ?歩きながら僕iphoneでustream見ながら。で、その中学生が津波が来るのを見てさ、「皆さんこれは津波です。逃げた方がいいです」ってさ、音声で自分で言ってて・・・ツイッターからustreamに繋がったんだよね。それで僕それをツイッターで流したりして、明らかに特に初期の頃って、携帯が繋がったら、ソーシャルメディアってほんとライフラインだったよね。

上杉:そうですね、情報のライフラインっていうのは実際ここしかなかった時間帯ありましたから。やっぱりツイッターのダイレクトメッセージで安否確認をしたり、そういう意味では本当にそういう役割を果たした・・・ただ、他のメディアも含めて、日本社会がその役割を果たしたことをどうもネグレクトしてるというかですね、
茂木:そろそろ忘れてきちゃってるんだよねえ。

上杉:この前もNHK、特集やってたんですが、ツイッターがそういう役割を果たしたってことはすっかり落とされてしまって。どうせなら検証した方がいいんじゃないかと。ツイッターが良いか悪いかは別として。実際そういうことが起こったわけですから。検証すればさらに先に生きていくわけですから。なんでその部分を検証しないのかなと。これは先程言ったようにもしかしたら直視するのを嫌がっているんじゃないかなと、日本社会が。そういうふうに思うんですが。

茂木:かもしれません。直視するとね、ソーシャルメディアにはあって、日本の既存の様々なシステムにないものがわかっちゃって、じゃあ今までのアンシャンレジームは変えなくちゃならないんだっていうことがわかっちゃうわけなんですよ。例えばこれもちょっと厳しいこと言うようだけど、僕ね、日本の大学は今回の震災において非常にまずかったと思います。つまり、

上杉:まずかった?ほう。

茂木:何もしなかった。極端なこと言うと。例えばね、僕変かもしれないんだけど、授業の開始が遅れたとこいっぱいあるんですよ。その間一ヶ月くらいの間、教室空いてたわけでしょう。そこを被災者のために使うって話聞いたことない。例えばね。

だからね、僕常々大学の入試の在り方とか日本の新卒適格採用のこととか。これあの、上杉さんがずっと常々指摘されてる記者クラブの問題と並んだ日本の病巣だと思ってるんですけど、あのね、ほんとに今回のソーシャルメディアの役割を、なぜソーシャルメディアは今回機能したのかについて、大学の在り方とかね、就職活動の在り方とか、それを敷衍したときには、今のままでは駄目だってことがわかると信じてるんですよ。ただ、それを見ると、現状を変えなくちゃいけないから、きっと無かったことにしちゃってるのかなー。まあ、一部の人はね。

■3月11日への意識をどう持ち続けるか

上杉:あともう一つ、直視しないというか直視できない理由の一つに、そのトラウマというかですね、3.11自体を思い出したくないという方がいらっしゃるのも確かなんですね。例えばいまツイッターでぱぱっと来たのを見ても、例えばこのシロタマさんという方がですね、「わたしの3.11と題して茂木先生が書いた本、震災に関してお話しされるのかなと。ただ、3.11という文字を見ただけで動悸がしてきた。でもちゃんとお話聞かなきゃと」この番組見るだけで構えたりですね、

茂木:そのときはどこにいらしたのかなあ。わからないけども・・

上杉:あともう一方はですね、「3.11からガンガン流れたCMソング、ぽぽぽぽーん、今でもたまに耳にすると怖くて・・

茂木:ACだよね。

上杉:今でもたまに耳にすると怖くてブルブル震えて眠れなかった夜とかお米が変えなかった日を思い出す、何年たってもそうなんだろうなと」

茂木:それはね、脳の中で幻想記憶と結びついちゃってるんですよ、その方の場合は。

上杉:おそらく被災地の方でしょうかね・・・ツイッターなのでわからないのですが。

茂木:そういう非常に厳しいことがあったときの脳の反応として、苦しみとか悲しみとかってね、ある程度続くって自然な反応なんです。だから今仰ったような、ちょっと不安になるとか、動悸がするっていうのは、そういう時期を乗り越えてみんな元気になっていくんで、

上杉:これ言った方がいいんですか?言わない方がいいんですか?

茂木:あのね、これプロロングエクスポージャーって考え方があります。これどういうことかというと、そのことを振り返りたくない、直視したくないってすると、かえって後でツケが回ってくることがあるんですよ。むしろ、それができるようになったら、ほんとに無理なときはやんなくていいんですけど、少しでも振り返ることができるようになったら、3.11のあの出来事を、自分の中でもう一度振り返ってみる。まさにこの本もそういう本なんですけども。プロロングエクスプロージャーってこう、引き戻された経験というか、引き延ばされた向き合いというような意味なんですけども、それをすることでね、脳は乗り越えられるっていう研究があるんです。
ですのでむしろ、意味を考えた方がいいのかなと。

上杉:それこそまた社会と同じで、直視しない方がなんとなく安全が守られるような気がするんですが、実は逆なんですね、そういう意味では。

茂木:はい。ただ、ほんとにそれが苦しいときはしない方がいいです。ある程度、心に余裕ができたときに。急ぐ必要は全くないんです。

上杉:アメリカでの911テロでも全く同じような議論があって、やはり振り返ることができたのは1年経ってからという方もいらっしゃいますし、まだ未だにそこを直視できない方もいらっしゃいますけど、やっぱり徐々に、個人個人違うわけなんで、

茂木:一人一人時間の刻み方は違うんで。焦る必要な全然ないと思いますね。

上杉:それは重要ですよね。社会の横並び意識も揃えてしまって、例えば見るなと言ったら見ないで、逆に見つめるときだといったら合わせてなくちゃいけないというのは、どうも日本人の修正みたいな感じなんですが、別にいいんですね、これは。

茂木:いいと思います。今回ね、津波でみーんな流されちゃってさ、子どもたちと話しててさ、50人くらいいたんだけど、また同じとこ住みたい人って言ったら、3人は住みたいって手をあげて。お父さんがね、帆立ての養殖か何かやっててさ、他の子、手を上げなかった。でも後で校長先生に聞いたらいやーでも何人かね、ほんとは一緒にあそこに住みたいと思ってる子いると思いますよって。みんな命からがら山に逃げた子ですよ。だからね、今議論があるじゃないですか。あの、そういうリヤス式のところで。また津波来るかもしれない。またそこに家建てるのかどうか。それについても感じ方人それぞれ違うんですよ。だから僕やっぱりね、あまり行政が上から

上杉:一元的にぽんっと

茂木:一元的にぽんっとやるとね、よくないと思うんだ。人によって、だから他にうつりたいって人もいるし。やっぱりそこに住みたいって人もいて、それは僕、いいんじゃないかなって思うんですけどね。

上杉:なるほど。そういう意味ではそうですよね。ここの(ツイッター)中で見ててもそうなんですけども、例えばリヤス式海岸だから、まあ、菅総理なんかは全部高台に移住させるって、それがいいことだという感じなんですけども、確かにそうじゃない地域もありますし、むしろ海の近くに住むことによって安心感を得る人だってあるわけですからね。

茂木:今回の震災復興で一番厳しい質問はそこだと思います。津波が何十年に1回か訪れる、くるかもしれない、そのときに、またそこに家つくるのかっていう・・・。あのね、でも僕これあの、我々直接被災したわけじゃないじゃないですか。漁師の方っていうのは普段から海に向き合って暮らしている。男鹿半島あたりの方に聞いた話らしいんですが、漁師の方ってね、海ってそういうもんだと思っているんですよ。普段から海の厳しさに向き合って生きているんで。海は大きな恵ももたらしてくれると当時に時には怖いものであると。だから津波についても・・・全員がそうだとは申しませんよ、お話された漁師の方は受け入れてるって言うんですよ。海ってそういうもんだと。

上杉:利用する・・そうですよね、当然ながら海が完全に安全で、という認識を持って生活をしているわけではないですから

茂木:それこそ板子一枚下地獄のところで漁をされてるわけですから。そういう方がもし例えばですよ、家をまたそこに作りたいと仰ったときに、それを果たして社会の側がダメだっていえるのかってことですよ。これは厳しい質問だと思うんですけど、やっぱり真剣に考えなきゃいけないんだろうなと。

上杉:あと、この中(本)でいくつか、いろんな形での3.11の受け取り方があったんですが、ちょうどさきほど私、堀江貴文さんが今回収監が決まったということで

茂木:非常に残念ですね。

上杉:お別れ壮行会のイベントがニコニコ動画であったんです。あ、ごめんなさい、週刊朝日のUstかな。堀江さんも寄稿されてますよね。

茂木:そうです。

上杉:堀江さんの寄稿も読んだんですが、どうですかね、堀江さん自身は。宇宙の話と今回の震災・・・

茂木:そうですね、ロケット打ち上げのときだったんですよね。

上杉:いた場所っていうのが非常にそれぞれが印象に残っている。あのときどこにいたの、何してたのっていうことで記憶に刻まれてると思うんですが。この中でどうですか、他に茂木さんが印象を受けたというような方々は

茂木:例えば高橋源一郎さんなんかはいかにも作家らしい、非常にユニークな原稿で

上杉:お子さんと普通に日常生活を・・・

茂木:はい。高橋源一郎さんの文章だけでも僕は読む価値があると思いますよ。本屋さんで立ち読みするって人がいるかもしれないけど(笑)

上杉:買ってもらったほうが

茂木:買ってもらったほうが、うん、まあ(笑)高橋源一郎さんの文章はさすが作家だなあ。こういうふうに物事を捉えるんだなあと。でもほんとに人それぞれってところが僕面白いと思うんです。

上杉:高橋源一郎さんの最後の文面ですが、一行だけ読むと、「3月11日は、待ちに待った長男のれんちゃんの卒園式の日でした」で、ここからずーっと

茂木:ほとんど卒園式の話ですよね(笑)

上杉:これがなんか不思議と、悲惨なことが起こった中でこういうように淡々と書き綴るって言うのは非常に独特というかですね、印象に残りました私も。

茂木:逆に言うとね、3.11、14時46分、それまでにいろんな人がそれぞれの日常を持っていたわけでしょ。で、こういうことが起こると、日常のささやかな喜びとかそういうこと忘れちゃうんだけど、高橋源一郎さんはそこから入るわけですよね。やっぱり作家だから。で、そこでいかに日常というものが愛おしいもので、いろんなことがあって、それがあのことで、人によっては失われてしまったり、リセットされてしまったということの重みをですね、やっぱり小説家らしいスタイルで書いてくださって。

上杉:逆にこの日常生活の重みがあるということは、重みを増すんですね、この文章の。あとはですね、この中にも出てますが、サンドイッチマンさんたちですね。これは報道でもずいぶんありましたよね。いわゆる被災地で被災した・・・

茂木:ほんっとに彼らはね、九死に一生を得てるんですよね。もともと東北、仙台の出身なんで、彼らはやっぱり自分のこととして今回の震災を感じてますよね。僕、昨日仙台にいたんですけど、仙台市内はほんとうに普通に人が歩いていて、それはそれで素晴らしいことなんです。ただね、既にもう物凄い差が出てきちゃってるんですよね、被災地の。僕はビッグバンっていう被災地の避難所に昨日、一昨日か、行って、そこはもう報道されるように仕切りがあってそこのなかでみんな雑魚寝してる。で、聞いたらね、生野菜がないんですって。なぜないのかというと、冷蔵庫がないから冷やせないっていうんですよね。だから今他の要素は足りてきてるんだけど、生野菜のビタミンが足りないとか、そういうことが色々はいってくるんですけど。で、もうそれが仙台に行くとみんな復興して、それは素晴らしいことなんだけど、で、現地のボランティアの方に聞くと、おそらく仙台市の人でも、石巻とかすぐ近くなんだけど、実際に被災地の様子を見た人は20人に1人もいないのではないだろうかと。
だからそれぐらい今・・・忘れちゃいけないんだと思うんです。大変なことになってるんだというのを。その、実感っていうんですかね。
(私の一言:単に忘れないっていうよりも、置いてけぼりになっている人をちゃんとフォローするっていう意識、復興に置いてけぼりになる人がいてはいけないという強い決意が大事だと思いました)

上杉:そうですね。本当に、普段の生活に戻るっていう、復興してることがもちろん大事なんですが、それと同時に忘れないということも大事ですね。私も寄付をして・・・もともとの知り合いの団体なんかに寄付をしたりするんですが、逆に小額でいいから(寄付を)続けてくれって言われたんですよ。つまり、一回だけ今年だけボンっとやるんではなくて、これを何年も何年も出してくれと。

茂木:ほんとですよ。よく雑誌が紙がないとか言うじゃないですか。石巻の製紙工場ね、日本製紙かな、ほんとにもう全部なくなっちゃって、それで・・・でも秋から作るんだってね。俺えらいなあって思うんだけども。でも石巻の港湾地区はぜーんぶないんですよもう。もうずーっとないですよ。あれね、自力で再生しようなんていったって無理ですよ。

■震災と政治、菅政権の対応は?

上杉:そこで政府、行政が3月11日、3.11以降に行ったことなんですけども、茂木さんからご覧になって、菅政権、この対応ですね、まあ、菅政権だけのせいではないんですが、少なくとも菅政権の対応は・・・。私自身が取材をした中では、はっきり言って失敗してると思うんですね。そして不作為がたくさんあると。茂木さんからご覧になってどうでしょうか。

茂木:やっぱり"too little too late"でしょうねえ。あまりにも少なくてあまりにも遅すぎて。だから今回の大連立の話だって、僕は基本的に賛成なんですけど、そこで自民党の方がね、期間を区切って早く衆議院の解散総選挙をさせるようなことを言い出したときに、僕はおそらく国民の心は非常に冷めると思います。なんだ自分達の党の利益のことを考えて大連立やるのかって。やっぱりね、そういうとこ見てますよ。僕、自民党の方もたくさん知り合いいるし、自民党にも頑張って欲しいと思って応援してますけど、ただね、やっぱりね、解散総選挙早くやってもらう、それを条件に大連立なんてね、そんなこと言っちゃダメでしょ!ちょっといい加減にして欲しいですよね。そういうなんかね、自分達の利益を、あ、もちろんいいですよ、政治家っていうのはね、自分達の利益を追求するものだったらいいです。ただ、今、それをほんの少しでも出したら国民はそれを物凄く敏感に感じ取ると思うんです。

だから今ね、一番支持を集める姿勢っていうのはね、自分達の職なんか投げ打って、だって国会議員って別に生活のためにやるもんじゃないでしょ?だって、落選したら他のことやればいいじゃないですか。だって、生活するためにね、自分達の議席を守るために国会議員やってんだったらそういう方達は辞めて欲しいと思うんですよ。そうじゃなくていまこんなことになってるわけなんだから、自民党が政権とるとかね、民主党が政権とるとかね、そういうことじゃなくって、ほんとに被災地の方、そして日本のためにやるということを、もし本気で思っててそれをメッセージで出したら、支持集まりますよ。
(私の一言:政治への批判は、まず「政局報道に終始するマスメディア」を前提にする必要があるかも)
上杉:まさに今そのことをやるべきですよね。よく国難だ、そして国のため国民のためって言ってるんだったらこのときこそやるべきであるし。で、その中でこのサンデー毎日のところに出てくるんですが、

茂木:小沢さん(笑)

上杉:「小沢さんほど東北を知る人はいない」小沢一郎さんこそが・・・待望論、小沢さん待望論者ですと、茂木さん断言されてるんですが、

茂木:僕小沢さん、まあね、上杉さん小沢さんをよく知ってるだろうし。ぼく、もともと菅直人さんって人間的には素晴らしいとこたくさんあるんでしょうけど、ぼくは菅直人さんを首相として支持しなかった理由は、小沢さんの党員資格停止問題ですよ。

上杉:ほう。なぜですかそれは。

茂木:プリンシプル、原理原則の見地から、僕には理解できなかった。形式的な違反に基づいて党員資格停止するって言うことは、僕はどっちかっていうと菅さんの、権力志向の人としての闘争本能だと僕は思ってしまった。だから、あまりパブリックなことを考えていらっしゃらないのかなと僕は思いましたね、あのとき。
((私も、この原理原則という視点で菅さん小沢さんを評するのに同感)

上杉:震災前ですが、小沢さんと対談されてますよね?茂木さんは。週刊朝日かな。ただ、震災後に、小沢一郎さんという政治家が、正直言ってあまり積極的に前に出て着てこない印象を受けたんですが、それでもなお待望論という形で掲げるということなんでしょうか。
(私の一言:やっとガチンコきた)

茂木:あの、党員資格停止という形は僕は解除すべきだと思っていますけども。その上で小沢さんがどういうことをやられるかっていうのは、小沢さん次第だと思いますし、僕ね、これよく誤解されるんですが、上杉さんもよく誤解されると思うんだけど、例えば僕が小沢さんとか鳩山由紀夫さんのことをちょっと書くと「茂木は小沢・鳩山派なのか」と。こういうね、政治を語る言葉の貧困・・。例えば菅さんが明日からやり方を改めて、例えばどなりつけたりせずに、ちゃんと下の人の言うことを聞いて、的確な判断をして、小沢さんとかそういう立場を超えてオールジャパンでやろうという姿勢を見せてくだされば、僕、菅直人さんを支持しますよ。首相やってくださいって言いますよ。だから「誰が」じゃないんですよ。「いかに」っていうことが大事なんで。

上杉:いかにか・・・

茂木:それがね、なかなか日本の政治を語る言葉の中で出てこないんですよね。すぐなんか党派に分けて、お前は小沢派だ、前川派(たぶん前原派。茂木さんの中で前原存在感ない。名前でてこない)となっちゃうんですよ。おっかしいと思います。

上杉:思考停止ですね、それ。

茂木:思考停止です。何を大事にしてるかっていうと、価値観をもとに・・・主語が価値観じゃないといけないと思います。

上杉:小沢さんは地元・岩手の選出もありますし、ぜひあれですね、この本のもしパート2を出すんだったら、小沢さんとか鳩山さんも書いて欲しいですよね。

茂木:ねー。

上杉:何を考えて何をやってきたのかと。

茂木:そのときは共同編集でどうですか?だって政界にほらいろいろルートが(笑)

上杉:で、この本でびっくりしたのは、発売してすぐ重版かかってるんですね。

茂木:そうですね。やっぱり関心が高かったんだと思います。ほんとありがたいことだと思うんですが。でもね、あのね、僕ね、今ね、日本人はチャンスでもあると思いますよ。

上杉:チャンス?

茂木:変わる。やっぱり日本ってほら、幕末もそうだけど、こういう危機の時って変わる、変われるじゃないですか。

上杉:戦後の復興もそうですよね。

■上杉さんジャーナリスト引退宣言について

茂木:だからむしろ僕は、そういう意味で言うとね、上杉さんなんかとこういう本で共闘してるつもりなんですけどね。上杉さんもね、ずーっと変えようとしてきていて、ジャーナリスト辞めちゃうとかなんか言ってるんだけど、どうなんですか?

上杉:いや、脳科学者・・・(笑)

茂木:えっ!?

上杉:脳科学者に修行でも行こうかと

茂木:いやいやいや。辞めちゃうんですか?ほんとに。

上杉:いや、辞めて何か新しいこと始めますけどね。

茂木:でも当分続けるって、この本はだから当分続けるって書いてある

上杉:当分続けますよ、12月まで。

茂木:いやいやいや!これはだからね、玉虫色の表現で。

上杉:政治家みたいですね。

茂木:今回の文書みたいなもんで。当分ってのは続けるってことでしょ?

上杉:一定の目処がついたら。

茂木:一定の目処がついたら(笑)目処つかないんですよ!

上杉:つきます。

茂木:そんな簡単に日本の改革は目処つかないですよ。・・・あ、ってことは、ちょっといいですか、あの今ちょうど放送されてんで。日本の改革に一定の目処がつくまではジャーナリスト続けようと、そういうことですか?

上杉:いや、もう目処はついたんで。ということで、

茂木:まだついてないんですよね?

上杉:コマーシャルに行ってから。

茂木:あー、ちょっと逃げますね。逃げられた!

■大地震と親が死ぬことの共通項「いつかくると待ち構えるもの」

上杉:えー、「わたしの3.11 あの日から始まる今日」を編集した茂木健一郎さんに来ていただきました。茂木さんの言葉が巻末に載ってるんですが、「わたしたちは今、お互いの声に耳を傾けるべきである。それぞれの声明の叫びを受け止め、肌の確かさを感じ、理解し、夢を語り合うとき。きっと明日は開ける。この本に寄せられたそれぞれの3.11を共有することで、私たちは連帯のときを深め、刻んでいくのだろう」ということなんですが、茂木さんの文章、初めにちょっとあって、それ以外ないんですが、3.11、この日、茂木さんは、何をされていた・・・

茂木:地下鉄にいたね~。大江戸線、大江戸線ね。怖かったね。

上杉:やっぱり相当に

茂木:怖くなかった?

上杉:僕はゴルフ場だったんで、あんまり怖くなかった。

茂木:でも富士山噴火だと思ったでしょ?

上杉:思いました。びっくりしました。そのとき何を考えました?最初に。

茂木:ついにきたと思った。多くの人が書いてますよね。僕だっていま48ですけど、子どものときからくるくる来るってずーっと言われてて。僕子どものとき夢見てましたから。隣の家が倒れて自分の家にぶつかってくるとか。なんかね、だからエナジー、地震ってあの、自分の親がいつか死んじゃう、まだ俺の健在ですけど二人とも。そういうことに近い気がして。ちょうどほら、ね、断層がさ、親、元気?(西谷キャスターに向かって)

西谷:あ、はい。

茂木:でもいつかくると思うでしょ?

西谷:うーん(頷く)

茂木:わかってるじゃない、いつかは来るって。

上杉:人間ですから命があるわけですから。

茂木:それにちょっと地震って似てるんだよね。いつかは来る。だから東海地震についても、ずーっと僕小学校のときから来る来る来るって言われて、小松左京さんがね、日本沈没みたいな小説書いて。だからずーっと待ってるっていうか待ち構えてる。だから怖かったね、3.11は。ついに来たと思って。で、まさか宮城県沖とは思わなかったね。

上杉:そうですね。あれだけ大きいともっと近いとこだと

茂木:もっと近いとこだと思ってね。

■以下、雑談タイム

上杉:ということは、宮城県にいらっしゃった方というのは、もう想像を絶するような

茂木:(聞き取れず)ぐらい揺れたんでしょ?それでも被災地の子どもたちはニコニコ笑ってサッカーやってるんだよなあ。すごいよね、子どもって。

上杉:子どもに対しての政策という部分では、校庭の20ミリシーベルトの件もありますし、あと、今日ですね、東京都庁で、江東区のお母さんたちが発表しましたが、実は線量が

茂木:高いんでしょ?

上杉:高くて。飯館村級の放射線が東京にも積もっていたと。これに対しては、子どもとかですね、日本の未来を作っていく胎児も含めた、そういう人を守ろうとする意志が政府にあまりないように感じるんですが。

茂木:だから、まず、とにかくデータですよ。いわゆる避難マップだって非常に粗いデータ、我々からすると、その、ね、必ずホットスポットってあるわけなんですよ。要するにね、放射性物質が降下した、その密度分布ってのは、まばらなんですよ。それはもう常識です、科学やってる人間では。

上杉:政府は同心円で行きますって。

茂木:あんなこと有り得ないです、有り得ないです。データをとにかく集めろってことですよね。まずそれが基本中の基本だと思いますよ。

上杉:それはまあ共通しているのはジャーナリズムも常に情報、つまりデータを公開しろ、というのがジャーナリズムであるのに、残念ながら最初の1ヶ月以上は、日本の記者の人たちはですね、その部分についてはむしろデータを守る、隠蔽する方に加担したと言わざるを得ないですね。

茂木:そうですね~。だからインターネット上に、詳細なね、放射能のマップを公開して、日々更新するぐらいのことを、なぜ政府ができないのかってことです。

上杉:そしてまた記者、メディアができなかったと、マスメディアが。海外のマスメディアがやったのを見てそれを伝えるという作業を、最初の1カ月間むなしくやっていたわけですけど。それは本来ならば、こういうときこそジャーナリズムの昨日を果たさなきゃいけないとこだと思うんですね。
ただ、救いは、最初に申し上げたように、ソーシャルネットワークとか含めて、あと口コミもありますし、コミュニティの、いわゆる連帯という形で、茂木さんも書かれてますけど、連帯というのをこれほど感じたときって私自身はないんですが、どうですかね

茂木:それはほんと私自身嬉しかったですね。やっぱりソーシャルメディア通して、全く知らない人と共通の目標に向かって、つまり今回の危機をなんとか乗り越えるっていうね、それに向かってみんなで協力し合ってるっていうのは嬉しかったなあ。
で、僕ね~、やっぱりできないんだと思う、政府の人。

上杉:ほ~。

茂木:あのね、なんか普段から、僕よくたとえて言うのはね、サッカーの日本代表が、ワールドカップで、ピッチを45分間走り回ってるじゃん、必死になって。

上杉:ええ。

茂木:ああいう気持ちでいつも仕事をしましょうっていつも言ってんですよ僕。でもねー、僕いろいろ・・・いや、公務員の方も一生懸命やってると思うんですけど、ただね、クロックが遅いね。だからこういうときパパパパって。前例とかそういうの関係ないじゃないですか、こういうときに。普段からそういうクロック数で仕事やってたらもっと違うこと・・・だから僕ね、悪意とか怠慢じゃなくて能力的にできないんだと思う。

上杉:あと、この、なんて言うんですかね・・・緩慢とした社会全体の空気って言うんですか。まあ、空気の研究っていうと、かつてもいろんな方がしていましたけど、やはり例えば911のあとの対応を見てると、例えばジュリアーニがですね、911の対応の既に前に、阪神大震災を、そしてオウム真理教事件を見て、ニューヨークの危機管理体制を整えて、システムを作り上げるんですね。それはまさに911で生きるわけです。
日本は自分の国であるにもかかわらず、その体制を敷いてなかったというのが、今回またあらたになってしまったわけですが。

茂木:まー、だから記者クラブがいけないんじゃないですか(笑)

上杉:おっ、いい結論ですね~。

茂木:いやだから例えばです。記者クラブだっていいこともあるかもしれないけど、要するにぬるま湯であるってことは事実なんです。だからおそらく中にいる人はすごく居心地いいんですよ。でもそっから出ないと。

上杉:やっぱり今回は機能不全どころか、逆機能を果たしてしまったんで、結果として70年前の大本営と全く同じような形で、追随することによって国民に本当のことを知らせなかった。という点では非常に痛いなと。

茂木:ほんとはね~な"んかねっ!ピッチを走り回る気持ちでやりましょうよ。みんなでやりましょうよ(司会者二人を指さしながら)

西谷:ほんとにね~、茂木さんのようにアツく(笑)

上杉:茂木さんツイッターで朝からずーっとピッチ走り回ってる。

茂木:にほんだいひよう!

西谷:そんなふうにアツく語ってくれる茂木さんのようにね、みなさんであればいいと思うんですが

上杉:ちなみにこの「青春の翻訳法」はどういう・・・

茂木:エッセイですっ、書き下ろしですっ。

上杉:エッセイ、

茂木:歴史エッセイですね。いい本ですよっ

西谷:ふふふふ(笑)

茂木:立ち読みでもいいですから立ち読みでもね

上杉:短編ですよね。

茂木:短編です。読みやすいです。

西谷:「わたしの3.11」は、一部が東日本大震災の支援のために寄付になるということですね。

茂木:そうです、はいっ、そうです。

上杉:じゃあ、最後一つだけ(コメントを)

茂木:絶対忘れちゃいけないってことじゃないですか?僕はだから忘れないで頑張ろうと思います。エネルギーもらえると思うんですよ。忘れなければ。やっぱりあの苦しかったこととかつらかったこととかね・・・がんばりましょうよ、だから上杉さん、辞めないで下さいよ!

上杉:ええ、目処がつくまで(笑)

茂木:目処がつくまで。なかなか目処つかないですよ!目処がつくまで辞めないで

上杉:メルトダウン・・・わかりました。

スポンサーサイト

TrackBack

http://bogonatsuko.blog45.fc2.com/tb.php/981-3dc274f7

広告: