まんがイラスト ぼうごなつこのページ

2008年9月下旬の出版を目指して、マンガ製作日誌連載中

昼間はオフ会、夜はお花見

2001-03-30-Fri-00:52
昼間はドトール仲間とオフ会、夜はお花見と華やかな日だった。
オフではドトール本社ビルのドトール→ヤフーカフェ→二子玉川ドトールというルート。
特に本社ビルのドトールは天国カフェと勝手に名づけたぐらいよいとこだった。
本社ドトールの詳細は「はまカフェ」にアップ予定です。
オフの詳しい内容もはまカフェからリンクしている気まぐれホームページの管理人さんがアップしてくれることでしょう。

夜のお花見はござひいて宴会というスタイルではなく、桜の咲いてる近所の川沿いを歩くというもの。
桜の季節に合わせて屋台も出現するので、散歩ついでにフライ、牛の串焼きを食べた。
途中、前の会社で一緒だったKさんに遭遇。しばし立ち話。
桜はピンクを含んだ白で、もこもこしていて、とてもきれいだった。
その後ジョナサンによって帰る。

世の中甘くていい

2001-03-27-Tue-00:55
「世の中甘くない」ってなんなんだろう。
誰がいつ、どういうことで考え出した格言なんだろう。
この言葉が一番使われるのは・・・職業選択の場面が一番多いのかな。
このことばを基盤として生きようとするとかなりつらいと思うのだけど。

人はなぜこの言葉をいいたがるかというと、一つは甘い夢を語ってる人が、心からそれをやりたいことというよりも、何かからの逃避あるい漠然と華やかな世界に憧れているだけというのをなんとなく嗅ぎ取ることと、もう一つは自分自身が不満足な状態なのに、他の人にそうやすやすと幸せになられちゃ困る、の2点だろうか。
この言葉の真実は実はこれだけのことかもしれないのに、かなり安定した認知を受けている。
なぜこんなことを考えているかというと、ほかならぬ私がこの考えから自由になりたいから。


関連してもう一つ別の話。
今まで優雅に暮らしていた友人が諸事情により現在スーパーで品出しのパートをはじめた。
友人の話によると、職場でパートの人は軽く扱われていて、パートさんたち自身でも「こんな仕事」という自虐的なムードでいるそう。友人の住むマンションの入居者の人は友人の状況を「お気の毒にねえ」と言うんだって。
・・・という友人のボヤきだったんですが、日常的なおしゃべりのなかの話なので友人自身の主観も強く入っているんですが、けれどもこのような仕事や階級などに優劣をつけて自己確認したり物事を判断するのって、わりと普段から慣れ親しんでいる考え方ですよね。

これらのような考え方は確実に幸せから自分を遠ざける。
このよう考えにどっぷりはまっていると、小さな優越感という麻薬を常用してやっと生き長らえるしかなくなっちゃうんじゃないかな。

それでもって私自身はこの思考のクセを手放していかれるのでしょうか。
乞うご期待!

漬物暴行事件

2001-03-26-Mon-01:03
漬物暴行にあった。
スーパーで買い物し終わり、レジの後ろで袋詰していたときのこと。
数日前からスーパー内に出店していた屋台の漬物やさんが、「今日が最終日だから」といって小皿に漬物を山盛りにもって差し出してきた。いらなかったんだけど、ここまで積極的に差し出したものを断られるのってなんとなくきついように感じたので、受け取ってその場で食べることにした。
もともと食べたくなかったし、漬物もとにかくしょっぱくて正直言っておいしくなかった。
でもおじさんまだその場にいたし、涙目になりながら「お・・・おいしい・・」といった。
というわけで、食べたくない漬物を食べさせられるのってよく考えたらかなり乱暴な話なので、これを漬物暴行事件と命名した。
・・・ことわれよって、私も(笑)

FAX送れずウロウロ

2001-03-23-Fri-01:05
急に入った月占いの仕事をした。月占いは苦手分野でけっこう頭をひねり出してまとめているので1日で終わらせるのは不安だったけれど、なんとか終わらせることができた。
で、いつもどおりパソコンを使ってファックスで送ろうと思ったが、新しいパソコンではファックスが使えないことが発覚。その後、マイクロソフトのホームページで、ウィンドウズ98セカンドエディション以降はMicrosoft FAX がついていないことを知る。
手もちのノートパソコンにファックス機能がついていたことを思い出し、送ることができた。



鷺沼「ペットフォレスト」、吉本隆明「ひきこもれ!」

2001-03-22-Thu-01:11
インコ・オウムの雑誌で見た、川崎は鷺沼にある「ペットフォレスト」というペットショップに遊びに行く。始めていく場所なので近くまで来たものの、なかなか見つけられなくて周囲をぐるぐる回った。目当てのインコ・オウムたちと遊んでこれた。すぐ近くに置かれているコンゴウインコが「ギャッ!!」「ギャッ!!」と耳元ですごい大音量で鳴くのでびっくりした。コンゴウインコに話し掛けているときは大人しく落ち着いているので、他のコをかまっているとやきもちをやくらしい。
鷺沼はいかにもお金持ちサラリーマン一家が住んでそうな町だった。


帰りに週刊文春だか朝日だかを立ち読みしたときに(ナンシー関のコラムを目当てによく立ち読みしている)、評論家の吉本隆明が「ひきこもれ」という文章を寄せているのに目がいった。内容は「ひきこもっていたっていいじゃないか」というもの。

その文章の中では、とあるテレビ番組でスーパーの店長をやっていた人がひきこもりの人が外にでるのを支援するようなボランティアをやっていて、その人は引きこもりの人を外に連れ出すのが善だと疑わないところがおかしいといっていた。今の社会ではいろいろな人とコミュニケーションをとり、友人がたくさんいる外交的な人物ほど健全だとされている。その文章で自分の中で残ったのは「女子アナみたいな外へ向かう仕事を選ぶ人もいれば、なにかの職人のように1日誰とも口をきかず毎日同じ作業を繰り返してる人もいる」というくだり。

私の今の仕事も引きこもり系だし、自分で今のライフスタイルを選んだのに、つい平日の昼間に会社に通っているのが真っ当みたいな思考のクセが顔を出すことがある。だからあらためてこの文章が自分の中に入っていった。


ぐうたら

2001-03-18-Sun-01:11
これ以上ないってぐらい、ぐうたらした日だった。
コンビニに買い物に行った以外はほとんど家でゴロゴロしていて、何も生産的なことしなかったな。

大型インコっていいなあ

2001-03-17-Sat-01:12
占いの勉強会に逗子へ。
うちと同じくインコを飼ってる(最近はオウムも仲間入り)ご夫婦から「手乗り鳥の本1号」を貸してもらう。

大型インコ欲しいなあ。
けど、犬・猫禁止の団地で鳴き声が大きいとまずそうなので、今の環境ではセキセイがMAXかな・・・。

「わかってきました。科学の急所」 赤瀬川原平

2001-03-16-Fri-01:15
図書館から借りてきた本を期限も近くなったし、どうも読むまでに至らなかったので返しに行ったら、途中の道で第三木曜は休館日なことに気づいた。心は「次はなに借りようかなー」という方向に向かっていたのでがっかりしたが、これは「読め」ということだろーかと、エクセルシオールに入って腰をすえて読み出したら、めちゃめちゃ面白かった。

わかってきました。科学の急所わかってきました。科学の急所
(2000/01)
赤瀬川 原平

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赤瀬川原平は昔から好きで、最近のヒット作「老人力」関係とカメラ関係以外は読み尽くしたかと思ってたら、まだまだ読んでいない本はたくさんあった。昔というのは高校生のころ読んだ路上観察の本以来。今思えばその本の執筆者は赤瀬川原平以外にも藤森照信とか南伸坊とかいたんだけど、なぜか赤瀬川ファンになってしまった。「将来は美学校に入るんだ!」とか思ってた。
けど、その美学校というのがどこにあるのか、毎日通うものなのか、仲間内のサークルのことなのか今だに知らない。

「わかってきました。科学の急所」の中でおもしろかったところをいくつか抜粋すると、
「植物は人間や動物にとっては空間的な存在として、逆に、人間や動物は植物にとっては時間的な存在として共存し、自然の秩序を創っている」(「植物人間のような植物」より)
虫、猿、蛇たちからすると一本の大木は生活の場そのもので、大木側から見たそれらの動物たちは、周りで無数に生まれたり死んだりを繰り返す、雨や雪や空気のようなものである。というもの。

それからうけたのが、「第三章 人間の心とアヤ」の「催眠の不思議体験」という著者の催眠療法レポートに書いてあった、「やはり催眠はぼくにはムリである。これはカラオケだなと思った。」というとこ。
催眠というのは魔法のように自動的に誰にでもかかるというのではなく、催眠にかかる方との相互協力だというのである。催眠イコールカラオケっていうのが、すごい絶妙なたとえだと思った。
ステージとかエコーとかお膳立てしてあると「そおお?じゃあ」とノリノリで歌ってすっきり発散する人と、カラオケボックスの小さな部屋で皆して一心不乱に次の曲探してたり、盛り上がれと強制されてるようなムード、誰も見ちゃいないのに酔いしれて歌う姿・・・というのを冷静に観察できちゃう人、催眠のかかる人、そうでない人の違いもこんな感じなのではないだろうか。
この中ですごく素直に催眠にかかる人のモデルケースを見せてもらう、というところで積極的に催眠にかかる中年の女性の感想を「先のカラオケの譬えでいうと、よほどカラオケが好きなのだ。マイクを持ったとたんに艶歌の世界」と書いてあったのも好き(笑)
私が退行催眠を受けたときは幼児退行はよく入っていけたけど、前世退行はまったくダメだった。


シンプルライフ

2001-03-15-Thu-01:22
「シンプルライフオンライン」(←アドレスは掲示板に載ってます。とっても気に入ったのでリンクはらせてもらおうと思案中)というサイトにはまっていて、プリントアウトしてじっくり読んでみた。

シンプルライフというのは、「ひと月1万円で暮らす」とか「ブランドものの服をやめてジーンズとTシャツで」みたいなことではなく、生き方全体にかかわる提案だ。
その中では一貫して「自分と向き合うことが大切」と言っている。
私は「自分の哲学を持つことが大事だ」といっていたが、意味は私としては同じこと言ってるつもりだけど、「自分と向き合うこと」という表現のほうがわかりやすいですね。自分と向き合うというのは、判断の基準を自分自身に置くこと。

判断の基準を他人に置くのは楽だという幻想があるんだけど、判断の基準を外側に求めるというのはけっこうツライ。例えば、仕事の選択一つとっても「自分の本当にしたいことは何なのか」ということをきちんと考えないまま条件の良さや世間の評価で選んだとして、いくらそこそこ給料があって楽だったりしても、満足を得られないまま会社に行くのがかったるくなったりあきらめの気持ちを抱えたまま日々をすごす。結婚にしても、私が女性だから女性の例で話すと、相手の選択に給料とステイタスを優先して選ぶ。結婚当初は周囲への優越感で快楽を得られるかもしれないが、そのうち隣の奥さんとこよりうちの旦那の方が先に部長になったみたいなことでしか自己確認が取れなくなったりする。
そもそもそういう価値観で選ぶ職業や結婚相手は多くの人が望むものなので、物理的にあぶれる人が多く発生するから、だれもが羨む華やかな仕事についた人とか、玉の輿に乗った人を妬む状況につながる。

人生の普遍的な真理とは「自分に向き合うこと」だと思う。
心理学とか精神世界とか勉強している人たちのなかにも普通の社会と同じように、妬みの恨み感情でいっぱいの人が普通にいるという不思議さはこういう理由からじゃないかな。
たとえ「神との対話」のような本を読んでみたところで、自分と向き合う作業ができていないままの自分ならば、本をパタンと閉じたところで相変わらず「あーあの人憎ったらしい」なんてやり始めるのだ。
これけっこう自己反省込めて言ってるんだけどさー

前の日記で、セラピーいくら受けたところで「セラピーが私を変えてくれる」という態度で臨んだならば、あまり効果ないんじゃないかと思う、と書いた。ただたくさんセラピー遍歴しても無駄じゃ無いとじゃ思う。私だっていろいろやってはじめて、自分と向き合わないまま受け身な態度でいても何の効果も無いものなんだ、っていうことがわかったから。

2001-03-14-Wed-01:29
Hちゃんと話していて知ったことなんだけど、以前テレビのドキュメンタリー番組で、「娘を殺害された夫婦が犯人を抱きしめて許すまで」というものがあったそうだ。娘さんを殺害した犯人と接触したり、生い立ちを知っていくことで犯人を殺害に駆り立てた経緯やバックグラウンドを知ることで犯人と犯人の行為を理解し、抱き合って許すことで被害者の良心も救われた。という内容。

そういえば、以前テレビ朝日の討論番組で「少年法是か非か」で少年法擁護派の弁護士だか教授だかが、「アメリカで犯罪者をハグして許すことで救われた犯罪者の被害者もいる」てか発言していたので、アメリカでの話だと思う。そのドキュメンタリーが放送された後、被害者の両親に「そんなのでほんとに娘を愛していたのか」と講義が殺到したという話。

私はその話を聞いて、そもそもテレビの2時間かそこらの枠で、そこまでの経緯をしっかりと視聴者に伝えること自体に無理があると思った。その両親のした行為(自分の娘を殺した犯人を許す)というのは、さんざん苦しみ、迷いぬいた挙句にやっと自分たちで出した結論なのだから、その苦しんだ経緯をはしょったまま、犯人を許したというところだけを犯罪被害者の有り方のひとつのモデルみたいに示しても、到底説得力はないだろう。

討論番組での少年法擁護派弁護士も「アメリカでは犯人を許すことで救われた被害者がいる(からあなたもそうしたら)」と少年に奥さんと赤ちゃんを殺害された被害者に向かって言っていたが、確かに道徳的に正しいようなこと言ってるように聞こえるけど、なんか借り物の幼稚な正義を振りかざしているみたいで、何より実際の被害者を目の前にしてよくさらっとそういうことが言えるなーと驚いてしまった。


フォントの使い方がわかった

2001-03-11-Sun-01:31
トップページのデザインをマイナーチェンジしました。
今までフリー素材集にあったフォントの使い方がわからなかったのが、やっと理解することができ(笑)、調子に乗っていろんなフォント(字体)でデザインを試してみた。

エクセルでつまづき

2001-03-08-Thu-01:34
新しいパソコンに表計算ソフトのエクセルがついてきたので、エクセル手に入ったらやろうと思っていたことを今日試しに入力してみた。前にいた会社で少し表計算ソフトいじったことあったし(ロータス1.2.3で、しかもウィンドウズ3.1だけど)ウィンドウズに普通についてくるくらい皆操作してるんだから、なんとかなんだろ。と思っていたがなんともなんなかった(笑)。

一応「はじめてのExcel2000」も買っておいたんだけど、これまた役立たなかった。親切にわかりやすく書いてあるんだけど、なーんか知りたい肝心なことがはずれてるんだよね。ネットでエクセルQ&A掲示板とかも見たけど、もうみんなエクセルの基礎知識ばっちりで敷居が高かったので「もう少し勉強してからまた来ます・・・」と退散。あと、何よりパソコンのモニターでボリュームのある情報を読むのは目が疲れてしょうがない。他のホームページでおもしろそうなものをじっくり読むときはプリントアウトしてからのことが多い。
というわけで、夕食の買い物ついでに、わかりやすく関数や計算式を書いてある本を探してみて、これならなんとかなりそうという1冊を買った。「Excel2000実践テクニック計算編 ポイント図解&徹底解説」
それにしても、なにかパソコンでやろうとするたびに本が増えていくなあ(^^;)
しかも大体そういう本って1000円以上するし、図書館にはないし。私の場合は1冊じゃ理解できないし。

発言に後悔

2001-03-07-Wed-01:38
急遽、友人のHちゃんと遊ぶことになった。
Hちゃんは伊勢佐木町は久々だというので、二人でぶらつく。サンマルクカフェ→H行き付けの古書店→南蛮屋というルート。

Hちゃんはここ最近家族との関係で悩んでいたんだけど、実家を出て一人で暮らすことで解決したということだった。前に会ったときよりもずっと清々しくきれいになっていた。
彼女はナースの資格を持っていて資格を生かして就職先を探すことができるので、「やっぱりナースの資格持っていると有利だよね。私の前いた会社なんかいつまでたっても手取り13万ぐらいだもん、一人暮らしなんてどー考えても不可能だよね」と言った。言ったあとに恥ずかしくなってしまった。会話はなにごともなく進行していったんだけど、Hちゃんの話を聞いていくうちに、自分もかなり物事を人のせいにする考え方をしていたんだなーって気づいた。仕事の選択に柔軟性をもってしっかり調べればいくらだって可能性あるだろうにね。
状況に不満はいうけど十分に何をしたわけでもなく、人やら環境やらのせいにするって、楽だしついしてしまうんだよねぇ。気をつけなきゃ


Hちゃんに以前借りた「7つのチャクラ」で一番印象に残っているところは、著者がアラスカに行ってロシア人とインディアンのハーフのおばあさんのもとをたずねたときに、おばあさんから「ねえ、不思議なんだけど、いったいどうしたらそういうことを知らずに生きていかれるの?」と訊ねられるシーンだ。「そういうこと」というのは宇宙的な真理とか見えない世界でのルールみたいなもののこと。
ただ、精神世界に関心なく生きている人でも、この人すごいなーと尊敬してしまう人がいるので、要はその人なりの哲学をもっているかということだと思った。だって宇宙的な真理を知るっていったって、人や(本でも)の言うことを、自分なりに租借しないで盲従していたら、やっぱり意味ないもんね。
自分の生きていくうえでの哲学を、周りの人間やテレビなんかのマスコミにゆだねてしまうのは、多くの人がやっているし、一見楽に見えるけど、本当のところは幸せから自分を遠ざけてしまうことなんだろうと思う。

7つのチャクラ―魂を生きる階段 本当の自分にたどり着くために7つのチャクラ―魂を生きる階段 本当の自分にたどり着くために
(1998/08)
キャロライン メイス

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チップのこと

2001-03-07-Wed-01:36
家で鑑定をしつつ、たまにチップと遊ぶ。よくわかんないんだけど「チップつかまえたー!」といってつかまえようとすると、とても喜ぶ。最近のチップのブームは「でしょっ!でしょ!チップ○×▲※でしょっ」ということだ(笑)

よくパソコンに向かっているときにチップをカゴの外に出していると、必ずキーボードの上に陣取って指をつっついて、どけてもどけても、しつっこく指を突っついていたんだけれど、たまにチップと向き合って遊んであげると、全然しつこくしなくなったので、あれは「遊ぼーよー、遊ぼーよー」といっていたんだなとわかった。

今月は免許更新だな

2001-03-05-Mon-01:43
今月は誕生日のある月なので、免許更新の通知が来た。
免許とって初めてなのでなにをどうするかはいまいちわからないのだが、とりあえず、誕生日がくるまでに警察にいけばいいらしい。それまでに眼鏡屋さんにもいかないといけないので、めんどくさいな。
免許をとったとき、実は規定の視力に達していなかったんだけど、別室でなんか「180度以上見渡せるか」みたいなテストをして受かっちゃったんだよね。こんどはあのときよりもさらに目悪くなってそうだから、事前にメガネをつくっていく予定。

仕事を終わらせた後、本牧のPCデポまでお散歩。パソコンや本をウィンドウショッピングしてまわったら、先日買ったパソコンが2万円くらい安く売られていてショック(笑)。
夕方はSと待ち合わせて、フレッシュネスバーガーでお茶を飲んだ後、買い物をして帰る。

昔の人ってパソコンで何してたの?

2001-03-04-Sun-01:44
最近の日曜はどこも出かけないで過ごすことが多い。今日も家から一歩も出なかった。

やっぱり風邪ひいちゃった。喉のイガイガはなくなったんだけど、悪寒がしてだるくて頭が痛い状態。どこも出かける気がしなくて、ひたすらゴロゴロと眠っていた。ほんとうに、毎年今ごろの季節になると、こうやって風邪ひくの恒例になってしまったな・・・。なんなんだろう、一年の体の調整でもしてるのかな。Sちゃんは1日のうちのほとんどをパソコンについてる「ソリティア」というゲームと麻雀で遊んでいた。チップもみんなが1日家にいるので嬉しそうにはしゃいでいた。

キーボードの入力を今までのローマ字入力からかな入力にかえてみた。「あ」をつい「ち」と打ってしまったりしてまだ慣れないけど、キーを打つ量が半分に減ったので指の疲労度から言ったらとっても楽。
そもそも私はかな入力の人だったんだけど、以前勤めていた会社にパソコンが導入されることになり、そりの合わなかった上司が「ふふん、入力はローマ字入力の方が全然はやいよ」と言い出したので、対抗心を燃やして自分もローマ字入力にしたという、とほほな経緯があったのだった。当時会社に導入されたパソコンというのは多分ウィンドウズ3.1あたりでロータス1.2.3という表計算ソフトを使っていた。私も「オフィスでパソコンに向かって仕事をする」という絵に憧れてたのでなにかとパソコンの前に座りたがったが、なんせパソコンでする仕事なんか、はなっから自分の仕事にはなかったので、パソコンのあいている時にペイントで上司の似顔絵かいたり(これはけっこうウケた)、ソリティアして遊んだりしていた。

でもそこの会社は私が退職するまで給与計算は手計算だったし、いったいパソコンで何をやろうとしていたのかは謎だった。そういえば当時、雑誌に「マックが私のペットなの」とかいって、マッキントッシュを愛用している(道具として使ってるというより、もっと生き物として愛してるというウエットな感じだった)若い女性が取り上げられてたけど、今思うと彼女たちはマックで何してたんだろ。というのも、「私はいかにマックを愛しているか」ばっかり書いてあって、マックで何してるのかはほとんど書いてなかったように記憶しているからだ(笑)

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