いま「真面目に働く」と言ってまず連想されるのは、ここでいう労働者としての生き方、つまりどこかで雇ってもらって、ある時間分だけ労働力を売る働き方ですよね。本来、労働というのは自然のものに働きかけて価値を作ること。もう少し抽象度を下げて言うと、生活に必要なことはもれなく「労働」になるんだと思います。ですので、堅実な生き方イコールどこかにお勤めするというのは今の社会に特有の限定的な価値観なんですよね。
4コマ目に「工場とか土地とかお店とか何も持ってない人」が書かれています。資本論では労働者は「二重の自由」があると書かれていて、一つ目はそういった土地や工場などから自由なこと、そしてもう一つは身分が自由なこと。奴隷ではないということですね。だから奴隷と違って仕事を選ぶ自由はあるんです。
資本論では、資本主義が進んでいくと自営業や中小零細企業はどんどん大資本に駆逐されて行き、少数の大企業と圧倒的多数の労働者という社会になると書かれています。
私としてはのほほんと暮らしていける社会がいいなあ。
「企業の業績が悪化」「事業に失敗して失踪」などという話はよく聞きます。
ビジネスをするというのはこのように大きなリスクを伴うものです。
素朴な経済感覚からすると「じゃあ利益が出たところでやめちゃえばいいんじゃね?」と思ったりもしますが、でも実社会で「よし、これだけ利益が出たから解散しよう」なんて会社はありませんよね。逆に、会社がなくなるときって損ばっかり出て倒産するときですよね。
こんな感じで、資本主義経済下の商売というのは「これだけ儲かったからおしまい」ということはなく、際限なく「もっと儲けよう、もっと儲けよう」となるものです。
「何を当たり前なことを」と思われるかもしれませんが、そのみんなが見捨てていた「当たり前のこと」から考えていったのがマルクスで、だからこそ誰も気づかなかったことにたくさん気がついたんだと思います。
"資本の流通は、かくて、際限がなく、止むを知らない。"
"この運動を意識的に代理するならば、貨幣の所有者は、資本家となる。"
(資本論第四章より)
元手となるお金で商品を買って価値をつけて売る、またその売れたお金で商品を買って価値をつけて売る、またそのお金で商品を買って価値をつけて売る…こんな感じで、どんどん価値を増やす運動をしはじめたお金というのはただのお金ではなく資本となる。そして、その運動の担い手をマルクスは資本家と呼びます。
いきなりW-G-W-G…なんて書いてあって面食らった方も多いかと思いますが、マルクス経済学ではお約束の式らしいので、書いてみました。ようは、商品-お金-商品-お金…と交換しているということです。
この話を聞いたときに「いやいや、お金ってそんな簡単に増えないから」と思ったのですが、マルクスが言っているのは個々のことではなく社会全体で言うとこうなる、ということなんですね。
ちなみに、商売の難しさはマルクスももちろんわかっていて、そこはこちらでマンガにしました。
【4コマで読む資本論】11回目 「使うのは簡単なのに稼ぐのは大変!」
で、この資本を投じて儲けた分は「剰余価値」と呼ばれています。