まんがイラスト ぼうごなつこのページ

2008年9月下旬の出版を目指して、マンガ製作日誌連載中

「人間関係に奇跡を起こす83の方法」

2008-09-14-Sun-01:01
人間関係に奇跡を起こす83の方法―やり方ひとつで天国・地獄人間関係に奇跡を起こす83の方法―やり方ひとつで天国・地獄
(2006/01)
石原 加受子

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今日有隣堂で買ってきましたよ。
最近人との関わりでちょっといややなーと思うことが続いてたので。

一つはこの前ブログに書いたゴミ捨てたときにどなられたことでしょー。でもこの件は人に話したりブログに書いてコメントいただいたりしたらすっかり癒されたので自分の中ではほぼ解決といってもいいかなという感じ。

もう一つは会社の仕事で、運送会社さんに集荷のお願いをするときに電話かけるんですけど、たまにすごくイヤなおっさんに当たること!なんでこのおっさんはイヤな電話応対をするのかというと、前に送った荷物が指定日通りに届かなかったことがあって、で、念のため過去にその運送会社で送った他の荷物もネットで検索してみたら指定日どおりに届けてないものがいくつか見つかったのでそのことについて問い合わせたんです。どうやらそれがおっさん的にむかついたみたいで、それ以来そのおっさんが電話取ると「あーあのときのうるさいヤツだハイハイ、早く電話切っちゃえ」みたいな感じのイヤーな感じの対応なんですよねー。それくらいだけならまだしも、集荷受付の締め切り時間ギリギリに電話したりすると仕返しかみたいな感じで「こんなに時間ギリギリに電話されたら困るんですよねー」とここぞとばかりに言ってきたり(;´д`)トホホ…

人生に関わるような深刻な対人関係ってわけじゃないんですが、かるーくイヤですよねw


そうだ本の紹介するんだった。
石原加受子さんの本は心理学エッセイみたいなのが何冊も出てるんですが言ってることは一貫していて「他人の目や思惑ばかり伺っていないで自分の感情や感覚を見つめて大事にしていこう」ということです。この考え方は私もすごく納得しているので心の拠り所にしています。

この本は「こんなときどうする」みたいな感じで、人間関係でありがちな困った事例がたくさん出てきて、そのたびごとにこうしたらいいんじゃないのという方法が指南されています。例えば「親が自分の将来について口うるさく言うとき」「友人の長電話に付き合いきれないとき」「部下や後輩に注意するのが苦手」とか。

こんな風に細かくシチュエーション分けされて入るものの、おおもとの考え方と言うのは自分の感情を大事にして相手に思いを伝えましょうってことなんですよね。基本的に、だまってやり過ごしましょうじゃなくて主張しましょう。あとこれは石原さんのほかの本に書いてあったんだけど、自分の思いを伝えて相手がわかってくれるかくれないかは問題じゃないくて、それよりもむしろ自分のために行動を起こしたということが自尊心を強めて自信を持つことにつながるんだそうです。

こう考えていくと、やっぱりさっきの日痛のおっさんに対しても嫌な態度取られたり困ったことになったら何か主張したほうがいいかなってことになりますね。というわけで、次回はちゃんと自己主張してみようと思います。そしたらまたブログに書きますね!

「映画の構造分析」 マンガ描くときにも参考になりそうでした

2008-08-11-Mon-01:24
映画の構造分析映画の構造分析
(2003/06/11)
内田 樹

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マンガ作りなんかでも参考になりそうな話がいっぱいあった。
覚えておきたいところとか印象に残ったところをメモしときます。

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人が出来事を理解するには「物語」の形をとらなくては不可能。国際政治、経済、社会問題はもちろん、自然科学の分野でさえ、自然科学の理論は「仮説」という「とりあえずつくってみたお話」のこと。

そして、この「物語」の形も無限にあるわけではない。

すべての物語は「人が歩いてきて落ちて死ぬ」か「穴から這い上がる」の二つしかない・・・これは極端な例えだけど、でも基本的に物語のベースとなる構造というかストーリーラインは限られた数種類しかなくて(主人公が悪者を倒すとか行方不明になった家族を探すとか男女が結ばれるとかetc)、古今東西に溢れるストーリーは全てこれらの反復にすぎない。

だからといって全ての物語がそんな単純なものかといったら、もちろんそんなことはない。素晴らしい物語は、この限られたストーリーラインがうまく組み合わさって複雑で豊かなものとなっている。

「伝説的な映画」というのは、単に物語が無駄なく終わりに向かっていくものだけじゃない。必ず話の脈絡に合わないところ、映画を見終わっても答えの出ないままなところ、「あれってなんだったの?」と妙にひっかかるところがある。こういった、話が亀裂しているところは、人間つい何か意味を見出そうとしてしまうもので、こうして観客は映画へ参加することに誘い込まれてしまう。映画をただ漫然と受け身で見ているよりも想像を掻き立てられ、その映画を見終わった後でも話したり考えたりしてまう。

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あと蛇足なんですが、よく映画とか小説作品のことを「テクスト」って言うのは織物とか質感の「テクスチャー」から来てるんだってね。ずっと「テキスト」をかっこつけて言ってるのかと思ってた。

脳と心の洗い方 「なりたい自分」になれるプライミング技術

2008-07-14-Mon-18:40
脳と心の洗い方~「なりたい自分」になれるプライミングの技術~脳と心の洗い方~「なりたい自分」になれるプライミングの技術~
(2006/07/07)
苫米地 英人

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願望実現がテーマの本です。

以下は本を読んで自分なりにこの本に書いてある願望実現の仕方をまとめたものです。

願望を実現させるには、まず、いま自分が体験していると思い込んでいる物理的現実世界を揺るがすことから始まります。いま自分がリアル現実だと思っていることは、あるがままの現実ではなく、他人から提示された現実を受け入れているだけの状態です。これは私たちが世の中を知る窓口だと思い込んでいる報道(テレビ、新聞)がありのまま起きていることではなく、送り手側が示したい取捨選択された情報しか出していないということからもわかると思います。メディアからの情報以外でも、周りの親御さんやクラスのみんな、職場の人たちといったところからも影響を受けまくっています。

こういった偽リアル現実を揺るがすにはほんの少しの意識のもち方を変えるだけでいいのだそうです。それは自分を見つめること。自分のいま座っている椅子、周りにいるひと、そこにあるペットボトル、こういった物理的なことから自分が今何を考えているかという内面的なことに至るまで自分を見つめるんだそうです。うまくできないときは言語化すればイヤでも狙う効果はえられるそうです。またふだんからどんなことでも「これは何でなんだろう」という見方を習慣づけておくのも重要とのこと。

こうして偽リアル現実を揺るがしたところで願望イメージを刻みつけていきます。

このイメージングは、ヴィジュアル的に見るだけでは足りなくて、五感の中の複数の感覚を使って「体感」することが大切です。例えば私の友人が志望大学を受験し直して合格したときは、既に入学していた大学の同級生たちにお別れを言ってるシーンを想像したそうです。たぶんそのシーンをイメージするときに新しい大学での生活を思い浮かべてワクワクする体の感覚とか視覚以外の感覚も使ってリアルに体感していたんだと思います。この本では、そういう体感するほどのリアルなイメージングが苦手な人のために、音に色がついている様子や色に匂いがついている様子を思い浮かべる共感覚を身につけるトレーニングの方法も書いてあります。

こういうイメージ=仮想世界を心から信じ込むと、現実世界はそうなるしかないんだそうです。自分が願望イメージを高い臨場感で維持していると、まわりは勝手に巻き込まれていくんだって。

著者の苫米地先生は、買うのが恥ずかしくなるような願望実現系の本をよく出されてたり、一見うさんくさそうに見えるんですが、底にはしっかりした良心があるように思えるので、なんか好きです。

動画配信ミランカ「博士も知らないニッポンのウラ シリーズ」
tomabechi.jpg

「脳内イメージと映像」を読んで、読みたくなった本など

2008-06-21-Sat-00:43
さっきのエントリーで紹介した「脳内イメージと映像」に出てきた、リリアン・ギッシュという無声映画時代の女優さんのお話がよかった。その当時の主役級の女優さんだったそうなんですが、映画のためなら極寒の氷の上でも猛暑の砂漠のロケもいとわないという、職人やプロフェッショナル・・・ともちょっと違うかな、なんていうか映画に身をささげる尼僧のような方だったんだそうです。また、「重要なのは映画で自分ではなかった」ということを何度もおっしゃっていたそうです。偏見ですが、アメリカ人でしかもハリウッドで活躍する人というのは「自分が自分が」と煩くて、やたらと権利を主張するみたいなイメージがあったのですが、こんな奇特な方もいらしたんですね。

リリアン・ギッシュはその映画のストーリーがバカっぽいかそうでないかもちゃんと把握していて、でもバカっぽいストーリーの映画だからといって手抜きをするわけではなく、ちゃんと命がけのロケにも挑んじゃうんだって。なぜそこまでやってしまうのかというと、「脳内イメージと〜」によると、それは「ひとたびそのシーンが脳裏で育ち始めると視覚化せずにはいられなくなる、映画そのものにというよりも、自分の脳内イメージの実現に奉仕しているのではないか」ということでした。
なんか知的なアメリカ版北島マヤみたいですね。

自伝が出ているそうなんで、読んでみたくなりました。
リリアン・ギッシュ自伝―映画とグリフィスと私 (リュミエール叢書)

イントレランスイントレランス
(2003/06/20)
リリアン・ギッシュ

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脳内イメージと映像 (文春新書)

2008-06-20-Fri-16:17
脳内イメージと映像 (文春新書)脳内イメージと映像 (文春新書)
(1998/10)
吉田 直哉

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例の山手の古本屋さんでなんとなく買ってきたんだけど、読んでみたらすごく良かった。

人が死の間際のような極限状態のときに見ると言われる鮮やかなイメージ。通常の生活のなかで人はその能力を使わない代わりに、その代用品として映像を求めるのではないか、いま社会にあふれている映像というのは脳内に鮮烈なイメージを生み出す能力をフル稼働させない代りに脳が求める一種の代用品なのではないのか?というテーマがおもしろいと思ったし、その代用品の代表が映画だということで、映画史とか映画技法についてたっぷり書かれてるのもおもしろくて得した感じでした。
例えば、エイゼンシュテインとかロッセリーニとか名前だけは耳にしたことはあるけど・・・みたいな有名映画監督が一体何をしたかった人なのかということが詳しく書かれていたり。会話の中にこういう人名が出てきたらカコイイね。といっても私は映画技法については一読しただけではようわからんところがたくさんあったわ。みんなの言ってるモンタージュ理論っていうのがなんなのかとか。

著者の吉田さんは元NHK職員だったそうなんですが、この本読むとすごい実験的な番組づくりをされてたみたいでした。空海の脳内風景を映像であらわそうと奮闘したりとか。空海は「一個の塵に全宇宙が宿る」みたいな、ミクロとマクロの相似関係に注目した人で、吉田さんはその考えが確立されていく脳内の様子を映像で表現しようとしたんだそうです。もちろん、お坊さんがお寺の前で座禅くんで・・・みたいな再現VTRではなくて純粋な脳内イメージを。この企画は壮大すぎてまとまらなくなり、最終的にはNHKスペシャル「太郎の国の物語」という番組で司馬遼太郎さんの脳内イメージを描くことで落ち着いたそうなんですが、そういうことにチャレンジしようと動いたこと自体がすごいと思いました。あんまりテレビってそういうぶっとんだクリエイティブさって発揮できなさそうなイメージがありましたから。

創作意欲が湧いて、見たい映画や読みたい本もどんどん出てくる刺激的な本でした。

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